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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

199:2025/10/25(土) 19:37:21 ID:5ehM04HI0
>>193
はい。
おっしゃること、よくわかります。
だからこそ、こう感じています。

「霊性探求の本当の導き手は、結局それぞれの内側にいる」と。

外側に“完璧な教師だけ”が現れてしまうと、
その流れ(自立的な成熟や洞察の深化)は、かえって止まってしまうように思うんです。

そして、あなたの言う「上から目線で浅いことを言う人たち」の存在が示しているのも、
まさにそのことです。
──「こちらに近づく必要はない。あなた自身の内側を信頼しなさい」。
それは、一種の警鐘でもあるのでしょう。

どれほど完璧に見える聖人や覚者であっても、
その肉体はやがて尽き、形としての存在は消えていきます。
たとえ彼ら・彼女らの叡智が残り続けたとしても、それを真に生きるのは、結局“自分の内側”でしかありません。
だから、外側の光は最終的に内側へと還っていくのです。

しかし、その“内側”にも、もう一つの関門があります。
“内側の声”が、果たして「真の導き」なのか、
それとも「エゴの声」なのか。
この識別こそ、たぶん最も繊細で難しい部分です。だから、人はときに自分の中にさえ疑いを抱き、孤独や孤立を感じてしまう。
そして再び、外側に“救い”を探しにいく。

その繰り返しの中で、
ある時ふと、外側の現象や出来事を通して
「真の声」と「エゴの声」を見抜くきっかけが与えられる。

その瞬間、外側の教師の役割は自然に終わっていきます。
探求者が内なる導きへと「完全に引き渡された」とき、
彼ら・彼女らはそれを静かに祝福するでしょう。
「寂しいから、まだここにいてくれ」そうは決して思わないし、言わないのです。

そこからは、ただ、
それぞれが自分の内側の流れに委ねていくだけです。
教える誰かがいるわけでもなく、
導かれる誰かがいるわけでもない。
ただ──そのようにして道が続いていくだけです。


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