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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
156
:
り
:2025/10/21(火) 15:07:09 ID:Us..D3/Q0
>>152
こんにちは。
ありがとうございます。
芸術・・うん、大切な質問ですね。
私個人の理解では、芸術とは。
「真理の気配を感じ取るための道」であり、同時に「悟りのインスピレーションをこの人間的次元に翻訳するための現れ・叡智」です。
つまり、あなたがおっしゃる芸術的行為のことを、私は真理と人間性の交点に立つ行為そのものだと考えています。
本を書く以外にも、スピリチュアルな表現は本当は多岐にわたります。
芸術もそのひとつですし、実のところ“どんな活動”でも、スピリチュアルな道と呼べるのです。
私の見方では、芸術というものは「大いなる目に見えない何か」
それは潜在意識かもしれないし、集合意識、または霊感的なインスピレーションかもしれません。(好きなように呼んでください)
しかしそれらは、個人を超えた普遍的な“意識そのもの”から流れ出し、
それに触発された個人が世界に表現として形にする。
それはごく自然で、そして深く神聖なプロセスです。
そして、自分から生まれた何かを、全く別の他者が受け取り、「自分だけじゃなかった、この感覚」と感じる瞬間。
そこには、非分離的な感動や一体感が生まれます。
芸術の起源は神事(かみごと)にあります。
すなわち、芸術とは「人間が神と共に在ることを思い出すための営み」なのです。
(もちろん私の主観的な感想です。笑)
そのため、ときに、感想を超えて「よくわからないけど圧倒される」体験を与える。
たとえば、ギザのピラミッドのように、好き嫌いを超えた“何か”を感じさせる力。
それが芸術の真髄です。
あと私の考えでは、芸術には大きく二つの方向性があります。
一つは。思考や概念や常識を超え、魂に触れるような圧倒感・説得力・“本物”の力。
もう一つは。作品を通して生まれる、一体感や非分離の感覚、またはカタルシス(感情解放・浄化)
このどちらも、スピリチュアルな要素に満ちています。
そして、創作という行為自体が、まさに修行でもあります。
・大いなるものに心を開く修練。
・エゴを手放す修練。
・自分とは何か?を掘る修練。
・無私で集中する修練。
・「降りてくるのを待つ」忍耐の修練。
ネタがないときの「明け渡し」もまた修練です。
こうして見ると、芸術活動はまさに深いスピリチュアル・プラクティス。笑
また、「真理を知りたい」「表現したい」という欲求そのものが、古来″恩寵″と呼ばれてきました。
なぜなら、その欲求を起こすためには、本来、数え切れない体験を通過しなければならないからです。
その衝動は、どこから来ているか?
それは本来のあなた自身からです。
だからこそ、頭の中を形にしたいという衝動を、大切にしてください。
それは、あなたの内側から溢れ出た恩寵です。
その流れを愛し、楽しみ続けていれば、
あるとき自然に、内側から次の段階へ呼ばれる瞬間が訪れるでしょう。
エゴも、欲も、「仕事にしたい」も、すべてがその流れの中で最適に起きています。
止められないものは、すでに「起きてしまっている」のです。
表現活動と悟り探求は、対立するものではありません。むしろ、同じひとつの流れを、別の角度から見ているだけかもしれませんよ。
あなたの衝動を信じて、どうか続けてください。応援しています♪
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