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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
155
:
り
:2025/10/21(火) 14:59:50 ID:Us..D3/Q0
>>150
こちらこそ、ありがとうございます。
ちなみに「等価値」というのは、
「個人の人間がそう思えるようになった」とか、
「意識が変化した」という話では決してありません。
真理とは、すべての言葉が溶け去る場所にあります。しかし、人間や世界を“現実”として語るならば、
真理は人間も、世界も、現実も、等価値として在る。いや、等価値という概念さえ超えて、ただ在ります。
それと、超能力そのものは実際にあると思います。
「技術」としての側面も、確かに納得できます。
はからずとも超能力に縁のある方は、
自然とその探求に向かうでしょう。
場合によっては、想像を超えるような能力が開花することも夢ではありません。
聖典の中にも、超能力や神通力に関する記述は多いです。
ただし、真理探求や真理そのものが向かう方向は、
「私─私以外」という区別を超えていく道。
能力を高めるというより、
「能力者そのもの」を超えていく方向性なんです。
いわゆる超能力は、
他者が“非超能力者”であるからこそ、相対的に成立します。
つまり、超能力の価値とは、
他者に奇跡を感じさせ、他者を助ける
そうした“相対的関係”の中に意味を持つ。
文献にあるように、他者を癒やし、救う力として現れるように思えます。
けれども、もし超能力者が孤島に一人でいたら、
その能力の価値はなかなか発揮できないでしょう。
たとえるなら、古代人から見れば、
「新幹線で目的地に着く」ことも超能力のようなものです。
けれど現代では、それは誰もができる“普通のこと”ですよね。
一方で、真理探求はまったく別の方向です。
孤島に一人であっても、その「孤島そのもの」が=“私”であり、そもそも“孤島で一人”という状況さえ「真相的には起きていない」という視点へと向かっていく。
それが、真理探求という道の本質なんです。
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