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達人さんやメソッドについて考察し合うスレ

23幸せな名無しさん:2025/11/23(日) 05:38:28 ID:P6eTBArk0
私が真実を書こうか。
元祖一式は、無思考になろうとするという実践自体矛盾している。
実践者は無思考になることだけ盲信していて大事なことに気づけていない。

まず実践にあたり、思考していることに気付き、その後に思考を止めようとする。
しかし実際には、気付いた時点でその思考はもう消えていることに彼らは気付いていない。
「今思考していたな」という思考をわざわざ拾い上げ、「止めなければ」「静めなければ」と奮闘していることに気付いていない。

しかも今度はその思考を押さえつけようとする自分という思考が生まれ、またひとつ思考が増えていることに気付けていない。
まるで泥を落とそうとして、さらに泥を塗り重ねているような状態になっていることに気づかない。
だからいつまでも「どう思考を止めれば良いのか?」と思考する者が後を絶たない。
無思考メソッドと言いながら「思考まみれ」なことに気付いていないんだよ。

もちろん、思考が思考を呼び、流れに呑まれてしまう前に「あ、巻き込まれていたな」と気付くこと自体は大切だ。
ただし「思考を止めようとする」という行動は話が違う。

なぜなら、前述の通り思考は気付いた瞬間にはもう存在していないからだ。
にもかかわらず止めようとするのは、「思考していたな」という思考をわざわざ呼び戻し、さらにそれを抑えようとする自分という新たな思考まで作ってしまうという構図になっている。

だから本来は、思考に気付いたら何もする必要がない。
今この瞬間において、去った思考を掴まなければ、その時点で静けさがある。
思考を止める努力が必要なのではなく、去ったものを掴み直さなければ、それで十分ということになる。

こうしたシンプルな事実に気付けないのは、「元祖の言ったありがたいお言葉」という、これも思考、記憶のはずなのに盲信してしまっているから。
「思考を止める思考はしても大丈夫」などと元祖の都合よい言い訳をOKしてるから。


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