[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。
完璧認定2
930
:
幸せな名無しさん
:2025/07/04(金) 14:31:22 ID:knU.78SU0
私たちは、過去、今、未来という三つの世界を同時に生きています。
でもそれはただの時間の流れではなく、私たちを縛り続ける三つの頑丈な檻にもなっています。
そして、その檻こそが、私たちが「不足を埋める夢」を編み続けてしまう仕組みだなと思っています。
過去は記憶の檻。
「あの失敗さえなければ」「なんであんなことをしたんだろう」
そんな声が心の中で小言のように鳴り止みません。
それは今の私に「同じ失敗をするな」「もっとちゃんとしろ」と命令し続けます。
一見「成長のため」に思えても、実は「今の私にはまだ価値がない」という条件を貼り付けることになっていませんでしょうか。
例えば、子供の頃泣いた自分を「弱い」と無自覚に責め続けた私がいます。
「泣くな」「情けない」と自分を否定して、泣きたい気持ちに蓋をした。
本当はただ悲しかっただけなのに、それを許されなかった過去。
その「泣きたいのに泣けなかった私」は、大人になっても他者への厳しさや、素直になれないしんどさを生んでいると感じます。
自分の弱さを認めなかったから、他人の弱さも許せなくなりますよね。
完璧認定は、その声にそっと寄り添うと思うのです。
「当時の私も完璧だったんだよ」
「泣けたのは感受性が豊かだったからだよ」
「泣いていいんだよ、それで完璧だ」
そう声をかけることで、頑なに閉じていた心の感情が少し緩むように感じます。
自分でかけた檻の鍵がカチッと外れる。
そして「過去はこうでなきゃいけなかった」という条件を外すことで、今この瞬間に自分を責める理由が一つ減ります。
それだけでも少し楽になれるし、人にも優しくなれる。
そして、その優しさは不思議と現実にも現れる。
冷たかった人間関係が少し柔らかくなり、なんだかスムーズ。過去を許した分だけ、世界も私を許してくれるようになると感じます。
未来は希望と不安の檻。
「これを手に入れたら認められる」「こうなれば安心できる」
そういう願いは一見前向きに見えますが、「今はまだダメだ」という前提を強化してしまう。
未来の理想を掲げるたび、今の自分は減点方式になってしまったり。
例えば「彼に愛されたい」という願い。
それ自体は自然な気持ちですが、「愛されない私はダメだ」という条件を自分に課してしまいます。
「綺麗になったら」「認められたら」
そんな未来への期待は、今を我慢する理由にもなる。
「今の私はまだその資格がない」と、自分を小さな檻に閉じ込めてしまう。
未来への条件は、希望という形をした鎖だなと思います。
「まだ」「もっと」「これさえあれば」
そのゴールはいつも少し先に逃げていきます。
手に入れても、また次の条件が生まれる。
安心を得るための条件が、不安を作り続ける…パラドクスですよね。
完璧認定はここで肩の力を抜かせてくれます。
「愛されても、愛されなくても完璧」
「成功してもしなくても完璧」
条件を外すと、未来への執着がほどけます。
「まあ愛されなくても私、大丈夫ですよ」と笑えるようになる。
未来へのローン返済を今すぐ完済するイメージ。
その瞬間、今この瞬間の自分を自由にしてあげられる。
そして、未来への執着をほどくと、世界の見え方も変わります。
「こうしなきゃ」「まだ足りない」という目で見ていた世界は、「もう今ここに全部ある」世界に変わる。
肩の力を抜いた途端に、目の前のものの良さに気づいたり、誰かの優しさを素直に受け取れたり。
未来の条件を外すことは、ただ「諦める」ことではなく、「今ここで既に願っていたものをちゃんと受け取れる自分になる」ということかと思います。
そして最後に、今という檻。
「今この感情はダメだ」「今こうでなきゃいけない」
思考は、過去を引っ張り、未来を貼りつけ、今さえも評価して縛ります。
「不安になってはいけない」「怒ってはいけない」「もっと落ち着いていなきゃ」
今すら条件づける。
前後裁断の完璧認定は、そんな思考にそっとストップをかけます。
「過去も未来も切り落とし、ただ今に在る。」
「評価を手放し、条件を捨て、ただ在ることを完璧とする。」
例えるなら、波立つ湖面を見つめて「どうしたらこの波を消せるんだ」と必死になっていた自分が、
「そうか、波を起こしていたのは自分の手だったんだ」と気づくようなものです。
石を投げるのをやめれば、湖は自然に静まります。
そしてその静かな湖面は、ただ平らになるだけでなく、空の美しさをそのまま映し返す鏡になる。
思考の波を止めた心は、今まで気づけなかった美しさや豊かさを、そのまま受け取れるようになる。
今を裁断し、条件を外すことは、現実を受け取る器を澄ませることでもあります。
931
:
幸せな名無しさん
:2025/07/04(金) 14:31:56 ID:knU.78SU0
過去を許し、未来を手放し、今の評価を超える。
それは「三世を許す」ということ。
仏教では「三世の業」と呼んだりしますが、過去・現在・未来にわたる執着の連鎖をそっとほどく。
完璧認定は、カッコよく言えば、
私の中の三世を制す王、降三世明王かなと!笑
「条件づけ三兄弟たちよ、そろそろ降参せい」と、顔は怖いですが優しく、でも確実に促してくれる存在。
私たちは、過去の記憶を素材に、未来の期待を脚本にして、「不足を埋める夢」を編んでいます。
完璧認定はその脚本をそっと閉じます。
「もう不足を埋めなくていい」
「このままで完璧だ」
その瞬間、世界を編むフィルターが変わります。
不足を埋める夢から、すでに満ちた夢へ。
「なんだ、もともと全部あったじゃないか」と肩の力が抜けるんです。
そしてその在り方は、意外なほど現実を変えていく力を持っています。
気づけば人間関係が柔らかくなったり、必要なものが自然に手に入ったり、世界のほうがこちらに歩み寄ってくるような、不思議な流れが起こることもあります。
完璧認定とは、過去を許し、未来を手放し、今を受け入れることで、三世を解放する最強のメソッドであり、それは私を条件づけから自由にし、真の創造を取り戻す「在り方」です。
だからこそ、また心がざわついたとき、また「条件」を探してしまったとき、こうつぶやいてみてください。
「完璧だ」
まるっとそう呟くたびに、
過去も未来も今も、少しずつ、確実に自由になる。
そしてその自由こそが、本来のあなたの力だと私は思います。
932
:
幸せな名無しさん
:2025/07/12(土) 15:34:20 ID:mODWyMsE0
人は誰しも、未来を良くしようとします。
私もずっとそうでした。
今も昔も、そして年を重ね人生最後の瞬間までも、「もっとこうすればよかった」「まだ良くなれるはずだ」と、もしかしたら思うのかなと感じます。
私も社会において立派で素晴らしいこととされ、「成長しよう」「反省して進もう」と教えられてきました。
皆さんもそうかと思います。
その努力のおかげで、私たちは文明を築き、生活を豊かにしてきたのも事実です。
未来を良くしようとする気持ちは、決して否定されるものではありません。
むしろそれは、人間らしさのひとつだと思います。
でも、その言葉の奥には、
「今のままではダメだ」という前提も隠れているなとも感じます。
未来を良くしようとする思いは、今を条件付きでしか認めない姿勢でもあります。
私たちは高嶺の花を追いかけるように、もっと高く、もっと遠くにある理想を追い求めて歩き続けていますよね。
でもその足元には、小さく咲く野花が、そっと咲いてたりします。
それはずっとそこにあったのに、目もくれず気付かず、踏みつけて通り過ぎていた。
「今このままでは足りない」「もっと良い自分にならなくては」という気持ちは、いつも現在を犠牲にして未来を約束の地にしている。
ですが、未来はいつも「今」の上にしか咲きません。
今を否定したままでは、未来もまた否定の上に成り立つのではないかとも思うのです。
今の瞬間を、そのまま完璧だと受け入れる「在り方」。
過去の失敗も、未熟さも、足りなさも、すべて含めて「完璧」と見る。
それは未来を諦めることではなく、未来を「不足を埋めるための逃避」にしないということだと思います。
足元にある名もない野花を、そのまま愛でる目を持つこと。「これでOK」と言えること。
その時、未来は「足りない今を補うため」ではなく、「今の私をそのまま表現するため」に使えるようになるのだと思います。
未来を良くしようという言葉は、一見美しい響きを持ちます。
けれどそれは、今を条件付きでしか許さない呪縛にもなると感じます。
その呪縛をほどくのが、
「今ここをそのまま認める」
「この瞬間を完璧だと認める」
という生き方なのではないでしょうか。
足元の野花を見つめる目を取り戻したとき、私たちはようやく「すでにここにある」豊かさに気づくのだと感じます。
933
:
幸せな名無しさん
:2025/07/14(月) 19:37:07 ID:4qs1BpWg0
>>932
いつもありがとうございます。
ここ1週間程、不足から選択した自分の決断を後悔し、自分自身の事を責めていました。そんな責めてしまう自分も完璧、その決断をしてしまった自分も完璧としていますが、ふとした時に飲み込まれてしまう自分がいますね。
ただ、こうやって定期的にポエムを書いて頂けると、ふっと飲み込まれている所から客観的に見れる視点にいけるのでとても助かっています。
これからも気づきや発見のポエム、無理の範囲で投下してもらえると嬉しいです(^^)
934
:
幸せな名無しさん
:2025/07/15(火) 16:55:27 ID:A/49qa7I0
>>933
こんにちは!
こちらこそいつもコメントありがとうございます!
スレをお借りしての私のメモがてらの拙いポエムですが、そのように言っていただけると私も書き甲斐があり励みになります!
わかってはいても引っ張られることってほんと多いですもんね。
そんな時でも、ピコーン!!と天啓のように気づきが降ってくるポエムを書いてみたいものです笑
ゆるりと続けたいと思います!
935
:
幸せな名無しさん
:2025/07/18(金) 22:33:14 ID:Jo7yDSnQ0
>>931
どうしても分かっててもそれ「したら悪循環なのがわかっててもコントロールを手放せません。願望を叶えるために何かやる、自分が完璧じゃないから叶えて完璧になってそのご褒美に願望を叶えるを手放せません。
そんなわたしでも完璧なんでしょうか?何でもかんでも気付きも何もかも方法にしてしまうエゴに手を焼いてます。
936
:
幸せな名無しさん
:2025/07/18(金) 23:34:01 ID:8oYm/QQs0
>>935
こんにちは。
行動したら悪循環。
でも、行動しないようにしようとするのも、
それは「行動しないということをやって願望を叶えようとしてる」ってことになる。
そう悩まれてるんですよね。
つまりこれは、願望実現の手段化です。
でも気づいてますでしょうか?
その「手段化してしまってる」ことに気づいたあと、今度は「どうしたら抜けられるのか!?」ってまた模索し始めてるんですよね笑
これ、前にもここでポエムったんですが、まさに自分というエゴとの「ひとり相撲」が始まってるんです。あるいは、「エゴとのダンス」とも言えます。
向こうがステップ踏んで誘ってくる。
こっちもつい乗って手を取ってしまう。
気づけば音楽が止まらない。
永遠のパーティータイム。
「どうすれば?♪」「ああすれば?♪」
「こうかな?♪」「どうかな?♪」
そんなダンスが延々と繰り返される現実って、正直ちょっとしんどい笑
じゃあってことで、
「もうええわ!お前(エゴ)なんか消えろ!」って戦い始めると、それはもう映画マトリックスで、ネオがスミスと延々戦ってる状態と同じ。
戦えば戦うほど、エゴが強くなっていくやつです。
じゃあどうすればいいのか。
答えはすごくシンプルで、それも「受け入れる」なんです。
つまり完璧とする。
踊っちゃう私もいるよね。
模索しちゃうのもクセだよね。
またループにハマってるな〜って。
それを、戦わずに、踊らずに、ただそのまま認めてあげる。
そしてまた「その受け入れるってやつも手段じゃないの?」って声が出てきたら、
「あーそれもあるある。はいはい、それも完璧」と受け入れる。
そうやって、エゴの踊るエネルギーそのものが、自然とほどけていくんです。
これが、ダンスを抜ける唯一の方法ですね。
というか、そもそも最初から踊る必要なんてなかったのかもしれません。
エゴとのダンスに気づける視点を持っているなら、つまり自己観察の目を持っているなら、この構図はけっこう明らかだと思います。
「模索しなくちゃエゴ」と、
「模索したら叶わないかもエゴ」が、あなたという世界の中で、想いとして起きては消え、起きては消えを繰り返している。
それに気づくと「ああ、自分でそんなダンス攻防戦をやってたんだな」って分かりふっと静かになるんです。
でも、完璧認定のいいところは、
そういう視点がなくても大丈夫なところですね。
どちらの声もあるよね。
どちらも完璧だよ。
とまるっと認めてしまえば、エゴは踊る理由を失っていきます。
というお話でした♪
937
:
幸せな名無しさん
:2025/07/19(土) 19:17:35 ID:oM2C4/ns0
>>936
なるほどです。ありがとうございます。
でも完璧って唱えるのも叶えたいからなんじゃ…って模索しようとしてたところに気付いてそれもどうもしなくていいから完璧なのか。って気付いたらふっとエゴが消えました!
ポエム楽しく見させて頂いてます。
レスありがとうございます。
938
:
幸せな名無しさん
:2025/07/19(土) 20:22:15 ID:ukSgoO8U0
>>937
こんにちは。
わお!
自己観察視点ですね!
それは自覚法とも言いますね。
そのような考え(認識)を自分で創っているんだと自覚すると手放されます。昔の私のスレでも説明してたことがあったような…。
スレが違うので詳しく書いてませんでしたが、ぶっちゃけ完璧認定することと同じ仕組みであることがわかりましたので、合うようでしたらそっちでもありかと思います!
939
:
幸せな名無しさん
:2025/07/19(土) 20:25:55 ID:ukSgoO8U0
昨日の私のレスですが、読み返したら少しフワッとしてる部分もあり、つまりどういうこと?と思われるかもなので、もういっちょ補足として要点をまとめてみます。
しつこかったらすみません。
完璧認定って、気づかないうちに「未来を良くするため」にやってしまいがちですよね。
「これで現実が変わるかな?」
「うまくいくかな?」
そんなふうに、先の結果を期待しながら完璧認定してしまう。
でもそれはつまり、「今のままじゃ足りない」という前提に立っているということですよね。
実際現実を観ると、模索したり様子みたりと、不足をベースにした現実の生成が続いている状態かと思います。
こう書くと、
「じゃあ未来のために認定しちゃだめなのか?」とまた自分を責めてしまいます。
でもそれもまた、「今こうして悩んでる自分」を否定してしまっている。
本当に大事なのは、
未来のために認定してしまう自分、
焦ってる自分、
確かめたくなる自分、
うまくやれてない気がする自分、、、
そのすべてを、「うん、それでも完璧だよ」と、今のこの自分に向けて認めてあげられるかどうかかと思うのです。
しかし、
「今を認めれば不足現実の生成が止まる」
「今に向けるのが正解」
と考えながら完璧認定しようとすることさえ、もうすでに今を否定し未来のための作為が入り込んでいたりします。
でもそれすらも受け入れる。
そう考えてしまう私も、まるっと完璧。
このすべてを包む完璧認定が、
条件や結果を必要としない、
静かで芯のある在り方へと連れていってくれると思います。
どうなりたいか、ではなく、
今のこの自分をどう見るか。
どう在るか。
そこに、ほんとの完璧認定の力があるのだと思いますが、いかがでしょうか。
少しでも何かヒントになれば幸いです。
940
:
幸せな名無しさん
:2025/07/19(土) 21:15:40 ID:YX4L08Hs0
>>939
完璧認定してからエゴの目で見て悪い事続きなので、余計にそう思ってしまうのかもしれませんが、今の最悪な状況ですら完璧と認定してもやっぱりどこか願望がここから叶ったら完璧。と今の否定が入っています。
というか全てのメソッドをする度に"未来への期待"が含まれていて"今の否定"がずっと続くんですよね。
エゴが隠していたのかもしれませんが…メソッドをする度に感じてる胸の苦しさとか息苦しさとかがずっとあって、一時的に良くなっても不快だったのは多分向きが逆だったからかもしれません。
メソッドする度に願望に抵抗してたのかと今不思議な感覚に一瞬だけ陥りました。
これらを原因としてしまうと結局またその原因とした瞬間に叶わない原因を作ってしまいますよね…探究するとなんか遠のくなあ…って感じです。
941
:
幸せな名無しさん
:2025/07/19(土) 22:47:43 ID:ukSgoO8U0
>>940
こんにちは。
めちゃくちゃ共感します。
以前の私にも、身に覚えのある状態かもです。
たぶん完璧認定にいろんな理由とか、「できてるかな?」って確認が入ると、
どこかで「正しくやらなきゃ → 今はまだ間違ってる」ってループになっちゃうんですよね。
探求好きほど、そこにハマりやすいかもしれません。
もし今それがしんどいようなら、完璧認定はいったんお休みでも全然いいと思います。
で、私の場合のお話なんですが、
未来とか結果とか、何も考えずに、ただひたすら鬼のように「外」にも「内」にも、完璧認定を貼りました。
貼って貼って貼って貼る。貼ることに意味をつけない。
闇雲オラオラ完璧認定です笑
叶えるため、うまくやるためじゃなくて、
今をどうこうしようとせずに、ただ「これで完璧」とする。「やる目的があるのでは?」って思っても、それも完璧。
理由も根拠もいらない。
考えたらもう認定。
思考ごと完璧って感じで、勢いで突破してました。
そんなある時、ベンチに座っていたら「シーン…」とすべてが静まって、あれこれ考え疑うエゴがスッと黙り、しばらく「今」だけになったことがありました。
そして世界全体が、本当に完璧で満ちていると感じました。
その感動で周りにも世界は完璧だ!と言い訝しがられたことがあります笑
本来完璧認定って、きっとこういう“理屈じゃない感覚”に触れるものなんだと思います。
あとまた自己観察の話になって恐縮ですが、
手放し系のメソッドって、「メソッドを行う自分」「メソッドで変わろうとしている自分」に気づくことが大事だったりします。
気づかれると、そのエゴは少しずつ力を失っていき、今そのままに在る、受け入れるようになります。
完璧認定も、「完璧認定で良くなろうとしている自分」に気づき完璧認定する、であるかなと。
これがじわじわと効いてくる。
でもまあ、そんなこと考えるのも面倒なので、
とりあえず実践では全部、「闇雲オラオラ完璧だ!オラーッ!!」でいいのかなと、私は思ってます。
あれこれ書いてる私が言うなという話ですが…すみませんm(_ _)m
942
:
幸せな名無しさん
:2025/07/21(月) 14:06:19 ID:sav3Tp0E0
完璧認定ってぐだぐだと説明するものかな?
943
:
幸せな名無しさん
:2025/07/21(月) 15:10:45 ID:Ii1RL9Ec0
長い説明も短い一言も勘違いも全部完璧
すべて完璧の大波に飲み込まれるのみ
944
:
幸せな名無しさん
:2025/07/21(月) 15:33:24 ID:8/s2jZps0
わたいは長文は読んでないけどそれも完璧
945
:
幸せな名無しさん
:2025/07/21(月) 17:14:00 ID:lQGLgEzU0
悔し紛れでこっちに飛び火?
これも完璧だ
946
:
幸せな名無しさん
:2025/07/30(水) 12:27:21 ID:oqwnDZD60
完璧と思いながら入眠したら、小さいことだけど世界が変わった
ある長方形の物を、広い面を前にして置く、という
家族内でのルールがあったんだけど、なぜかどうしてもそれができず
いつも逆に、細い面を前にして置いて注意されていた
さっき仮眠から起きたら、家族が細い面を前にして置いていて
あれ、広い面が前だよね?と聞いたら、細い面が前だといわれた
ずっとそうしていると
自分にとっては細い面が前の方が自然な感じがするから
こちらの世界に来れて良かった
他にも何か変わったものがあるかな?と辺りを見ているけど
特に変わったものはない気がする
947
:
幸せな名無しさん
:2025/07/30(水) 13:14:33 ID:2QyRLOyw0
何それすごい
広い面で置くことができないことを許し完璧としたら
逆説的に細い面を置くが当たり前の世界に変わったんだね
948
:
幸せな名無しさん
:2025/08/02(土) 20:17:05 ID:jx0AUTUw0
完璧
949
:
幸せな名無しさん
:2025/08/02(土) 20:57:14 ID:YJs9gpfs0
>>948
お前完璧
俺も完璧
950
:
幸せな名無しさん
:2025/08/03(日) 15:45:07 ID:yNeJNoDM0
バカのラップ
951
:
幸せな名無しさん
:2025/08/03(日) 20:14:35 ID:yoc3Gia.0
完璧スポット入りたい♪
完璧スポット入りたい♪
入りたいおもてたら入れない♪
カンカンペキペキ♪
ニンニンニンテイ♪
完璧スポット入りたい♪
952
:
幸せな名無しさん
:2025/08/06(水) 13:04:22 ID:IVZiwsIg0
完璧認定してたらお金が増えました
気が向いた時に完璧と心の中で唱えてるだけでこんなに効果があるんですね
953
:
幸せな名無しさん
:2025/08/06(水) 14:16:26 ID:qfiidv/s0
適当にやっていても効果あるって言っていたね
むしろ適当の方が良い気がしてきた
954
:
幸せな名無しさん
:2025/08/06(水) 15:38:19 ID:eMhOtmH20
気楽に出来て効果があるのが完璧認定のいい所かもしれませんね
955
:
幸せな名無しさん
:2025/08/11(月) 19:11:11 ID:4lYgytTw0
完璧に
956
:
幸せな名無しさん
:2025/08/14(木) 18:01:49 ID:E/8PjOn20
ポエムさんお元気かな?
近頃神にお任せとか委ねるとかを意識して過ごしているけど、これって完璧認定に似てないか?と感じたよ。
957
:
幸せな名無しさん
:2025/08/15(金) 14:05:15 ID:hJJU32zI0
>>956
こんにちは。
最近暑いし忙しいしでポエムも休止中ですみません…笑
そうですよ。
どちらも同じですね。
どちらも、エゴの「どうすれば?」というコントロールを手放し、エゴとは別の領域にお任せした視点となりますね。
大体どの達人も皆さん、表現違えどここを話しているんですよね。
958
:
幸せな名無しさん
:2025/08/26(火) 16:39:45 ID:JoR340Lk0
>>957
ポエムさんお返事ありがとう〜。
いえいえ、ポエムさんの書きたい時に投稿があればまた楽しく読ませていただきます。
以下ひとり言。
完璧って認定すると「完璧じゃねぇぇぇっ!」という反発がすごいので、自分は花丸という言葉をよく使っている。今年の夏はやたら体調が悪いんだけど、それもなんか大きなはからいなのかな、休めということなんだな、とあらがわずに過ごしています。
体調悪くなってもいい、と許せたら少し楽になりました。
959
:
幸せな名無しさん
:2025/08/26(火) 23:19:03 ID:A826htpY0
>>958
こんにちは。
ポエム楽しみにされてたんですね笑
いつもありがとうございます。
花丸、なんか完璧より角が取れてふんわりしていて良いですね♪
まだまだ暑いのでお身体にはお互い気をつけて行きましょう。
せっかくなんでポエム投下していきますね。
何か参考になれば。
960
:
幸せな名無しさん
:2025/08/26(火) 23:21:58 ID:A826htpY0
私たちは普段、世界を「内」と「外」に分けて生きています。
心に浮かぶ思考や感情は「私のもの」、目の前に展開する出来事は「外の世界のもの」。
その二つを切り分ける分離こそが、「不足」という感覚が立ち上がる原因となっています。
「私は足りない」
「世界はまだ整っていない」
この前提がある限り、いつまでも欠けを埋めようと旅を続けてしまうのが私たちですね。
もっとお金を、もっと愛を、もっと運を。
けれど、その旅には終わりはあるのでしょうか。
しかしふと旅の足を止め、今をあるがまま認めるように「完璧」とする。そこで終わりなき旅は終了します。
これは無理やり完璧だと信じ込むことではなく、「まあこれでいい」「このままでもOK」という軽やかに認めてみる。
不足と対決するのではなく、初めは勇気が入りますが、受け入れ、流してしまう態度です。
不足と戦わない心は、不足という現実を強化しなくなります。
瞑想の静けさの中では、それがはっきりと姿を現す時があります。
思考が浮かんでも「完璧」
感情が波立っても「完璧」
身体の痛みや雑音すら「完璧」
すべてをそのまま受け止めるとき、
内と外を分けていた境目は静かにほどけていくようです。
「これは私の思考」「あれは外の音」
そうした区別が意味を失い、主観と客観の構造そのものが消える。
すると現れてくるのは、もともと分かたれていなかった世界です。
そこには透明さがあり、静けさがある。
ただ広がっているだけの現れがある。
その場には、欠けという観念すら生まれない。
不足を支えていた土台は、音もなく崩れ去ります。
だから完璧認定は、
「不足を無理に消す魔法」でもなければ、「理想を思い込むポジティブ思考」でもなく。
それはただ、不足を埋める旅をやめ、もともと主も客もなく統合された完璧な世界を思い出し、本来の「あるがままを在る」世界を思いだす実践と言えるかと思います。
戦わない心は、戦いの世界を映しません。
不足を探さない認識は、不足を強調する現実を生みません。
内と外がひとつに戻るとき、
認識の変化はそのまま現実の変化となって立ち上がる。
でもこれらがわからなくても全く良いのです。
これで「完璧」。
波がどんな形であれ、海は海であるように。
私と世界もまた、はじめから完璧なひとつの現れですね。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板