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全てを手に入れる方法を優しく厳しく教えるスレ

1り。:2016/10/18(火) 19:36:44 ID:Ikbk82ak0
お久しぶりです。り。です。この世のしくみを全て理解し悟りました。このスレではわかりやすく優しく厳しくみなさんに教えたいと思います。

2幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 19:44:34 ID:Ikbk82ak0
それは、自分に厳しくなること、苦労をすること、謙虚になること、そして利他性に目覚めること、愛情で溢れた人間になることです。簡単に全てのものが手に入る、そんなものは存在しません。引き寄せの法則や、今までの偉人が教えてきた方法は、正しいです。しかし、全員に共通することは、苦労をしてきたことだということです。達人スレでは言葉の表現が適切で簡潔でわかりやすいですよね。それは努力のかけらです。実は悪人でも苦労をして努力をすれば全てを手に入れることはできます。ですが、死後、地獄に堕ちるので最終的に全てを失います。みなさん、目を覚ましてください。努力無しに簡単に願望が叶う、そんなものがあったら生まれてきた意味がないんです。

3幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 19:54:50 ID:Ikbk82ak0
私は何度か生きたまま天国に行ったことがあります。とても綺麗な景色で美しく、自分の姿が周りからあまりの美しさに見惚れられてしまい、わたしも困惑しました。世界平和を何度か実現したことがあります。それは本物でした。ですがパラレルワールドなので、また地獄に堕ちてしまいました。現世は地獄です。わたしは兄がピエロの顔に変身したのを見た経験があり、トラウマです。そして実は現世は天国でもあるのです。愛情に溢れた世界です。地獄にしているのは、戦争が無くならないのは、私達のせいです。みんながマザーテレサ並みに優しい人間になれば、この国は天国に変身し、何でも願いが叶い、全員がイケメンであり美女であり全てを手にすることができます。そしこの国を支配している本物の神様は、地獄並みにスパルタな神様です。全ての人間が愛に目覚め、全ての人間が受け入れられ、一切の悪口が無くなることが、完全な天国になる条件であり、必須要件です。皆さん、地獄を経験し、人に優しくなってください。

4幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 19:58:26 ID:6hOdA0ic0
これが魔境か

5幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 20:04:55 ID:Ikbk82ak0
一切の悪口がなくなる、それはつまり、全ての人間が愛に目覚めることで解決します。そのために必要なことを話します。教養を身につけ、何か自分の興味のあることに向かって努力し、他人に優しくしてください。自己犠牲になり、他人を優先してください。でも、謙虚になってくださいと言いましたが、自信過剰になることは悪いことではないです。ですが傲慢になることは許されません。人間は永遠に未熟な生き物です。完全な人間なぞ存在しません。有名な言葉にディズニーランドは永遠に完成しない、という言葉がありますよね。同じです。人間も永遠に完成することがないのです。この世で最も優れているものは想像力です。常に新しいものを発見し、発信していってください。そして悪口は悪口でも、ネタはいいのです。お笑い芸人はネタで悪口を言っているので、面白く、人にウケるのです。人を不快にさせる悪口はダメ、でも面白い悪口ならいいのです。

6幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 20:05:39 ID:Ikbk82ak0
何か質問があればどうぞ。

7幸せな名無しさん:2016/10/18(火) 20:14:43 ID:6hOdA0ic0
魔境(まきょう)とは、禅の修行者が中途半端に能力を覚醒した際に陥りやすい状態で、
意識の拡張により自我が肥大し精神バランスを崩した状態のことを指す。
ユング心理学で「魂のインフレーション」と名づけられた状態だという指摘もある。
臨済は、「瞑想により仏陀や如来が現れたときは(瞑想内のイメージの)槍で突き刺せ」「仏見たなら仏を殺せ」と教えている。これは、瞑想中に神格を持つものとの一体感を持った結果「自分はすごい人間だ」と思い込んでしまい、エゴが肥大してしまうのを防ぐ、すなわち魔境に入ってしまう状態を防ぐための教えだとされている。

「すごい体験をした」「神にあった」「光に包まれた」「ワンネスを体験した」「全てがわかった」「ゆるせた」・・・などの、至高体験や気づきの経験を勘違いして魔境に入り込み誰も教えてくれないので

「ついに悟りの体験をした!!!」と特別視してしまうことになります。

「魔境」を「悟り」と勘違いして、慢心してしまうんです。

また、禅の世界では「野狐禅」「生禅」ともいわれ、魔境に入ることは危険なことなのです。

昔、お坊さんが間違った教えを説いたため、その後、500回も狐に生まれ変わったというお話しがあります。・・・「無門関」第二則「百丈野狐」野狐禅

やこ‐ぜん 【野×狐禅】

禅の修行者が、まだ悟りきっていないのに悟ったかのようにうぬぼれること。転じて、物事を生かじりして、知ったような顔でうぬぼれること。また、その者。生禅(なまぜん)。
(「大辞泉」より)

人をあざむきだます誤った禅。禅を少し学んだだけで自分では悟り切ったようなつもりの禅者を野狐にたとえていう。


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