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755さん
571
:
幸せな名無しさん
:2016/09/27(火) 20:54:15 ID:XNHgUp1I0
>>568
>>545
です
基本的には私以外の方も同じようなことを説明してくださっているのでおそらく以前の説明であっているのだとは思っています
ここからは自論というか自分の考えなのであくまで参考にという感じでお願いします
不幸に見えることでも自分で選んだことだというのは残酷なことだと言いますがむしろ逆に得体の知れない運命によって一方的になぶられた不幸な人生という方が残酷ではないでしょうか
自分で不幸を選べるなら自分で幸せも選べるということです
逆に自分で不幸を選べないのなら幸せも選べない運任せということになります
果たしてどちらが幸せなルールと言えるでしょうか
不幸な人生で死を迎えた人についてですがこれはかなり自論かつオカルトな考えですがその人生においては悲惨な経験をしたかったのだと思います
そして魂は永遠であり輪廻転生をしているのであらゆる人生体験をしたいという願望があるのだと思います
一人の人生とフォーカスすると不幸に見えますが大きな視点ではそれも経験したかったことなのではないでしょうか(もちろんその体こそが自分であり唯一の人生だというエゴの視点で考えると納得は難しいでしょうが)
そしてその視点で見た場合不幸な経験もその人は経験したくてしたわけです
ならばその人は自らの望みを叶えたというわけですから大きな視点では幸せだったとも言えるのではないでしょうか
他人の人生について勝手にあの人は不幸だという決めつけをするのはある意味傲慢なことなのかもしれません
そして嫌なことなど望んでないと言いますが例えば映画や本など選ぶ時あなたは幸せな話だけを見るでしょうか?
わざわざ悲惨な話や争いの話など自ら選ばないでしょうか?(もし見なかったら的外れですみません)
普通の人はあえて不快な思いをする作品を自らの望み見ると思います
そしてこの世界自体が本来の自分からすれば映画やゲームのようなものだとよく言われますから本来の自分視点ではそれと同じような感覚で選んでいるのかと思っています
叶ってないを叶えてるに関してはみなさん説明してくださってますが
〇〇が欲しい(意図)→でも無理だ(意図)
この意図をキャンセルする意図が叶っているということです
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