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信仰に関しての質問、相談をするスレッドです
408
:
雨煽り
:2017/10/20(金) 09:56:55 ID:BEXPmXcE0
グラスルーツさん、おはようございます。
>それぞれに悟りの表現に違いがあっても、その本質は法華経という概念の共通性があるという事でいいのでしょうか?
いいと思います。
あくまでも私の主観であり、一考察ですが…
法華経は、妙法蓮華経という生命論を説いています。
迹門は理論として、本門は事実の現象として、妙法蓮華経を説いています。
それは、釈迦の時代から現代まで、共通しています。
十如は羅什の創作ですが、概念の違いを羅什の意訳で修正したのだと思います。
天台は迹門の十如を面として一念三千を組立てました。(三千に組立てたのは妙楽だそうですが)
大聖人は事実の現象としての本門を重要とされ、南無妙法蓮華経の唱題行を肝要とされました。
戸田先生は「宇宙の一念三千」「仏とは生命」「絶対的幸福境涯」等、言われましたが、妙法蓮華経・南無妙法蓮華経です。
概念の違いとは、例えば…
釈迦の時代の世界観は、一閻浮提です。
一天四海の東西南北の南、南閻浮提の事ですから、宇宙や世界に直訳できません。
最大の交通機関は、陸上では馬、海上では帆船です。
それが現代では、新幹線、飛行機、ロケット等、人間の一日の移動距離を大幅に向上させましたから、
解釈として、一閻浮提は世界や宇宙という概念になります。
>時代を現代に約せば、池田先生の法華経、そして雨煽りさんの悟った法華経、
これは戸田先生の『獄中悟達』の妙法蓮華経・南無妙法蓮華経ですね。
>ひいては私も含めた一切衆生の法華経という言い方もできるのでしょうか?
できると思います。
創価学会・SGIの広宣流布は、戸田先生の『獄中悟達』の妙法蓮華経・南無妙法蓮華経ですから。
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