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ソメルゼさんの教学部屋

84首都高バトル01:2012/04/13(金) 16:56:05 ID:zLvwUaR.0
一念の置きどころ 〜 臨終正念 。
まことの時の勝利、生死一大事の(時の)勝利、絶体絶命の(時の)勝利。
参考(生死一大事血脈抄の講義より)
講義
 生死一大事血脈といっても、強盛な大信力を起こして、南無妙法蓮華経と唱えること以外にないことを重ねて強調して、本抄を結ばれている。
南無妙法蓮華経・臨終正念
 臨終とは、死に臨むこと、死に際、正念とは、正しい念慮のことである。臨終正念とは、臨終に臨んでも、心を乱さず、正法を信じて疑わないことをいう。
 すなわち、臨終に際して、信心の一念揺るぎなく、妙法を信受できたことを無上の喜びとし、我が人生に悔いなしという満足しきった心境で、一生を終わる姿である。
 臨終は、この一生の総決算であり、未来世の第一歩ともなる。だれびとも避けることができない最も重要で厳粛な瞬間であるといえよう。この生死という人生の最大課題を直視し、生死を貫く生命の因果の法則を解明したのが、真実の仏法である。
 ゆえに、仏道修行は、とりわけ“死”という問題を解決するためのものであるともいえる。したがって「臨終正念」こそ、個人における仏道修行の究極の願いであるともいえる。
 人々は過去・現在・未来という時間の流れのなかで、瞬間瞬間を生き続けている。過去といい、未来といっても、確かな現実は、現在の“生”の姿にしかない。
 その意味では「臨終正念」といっても、それは、やがて訪れる臨終の瞬間のみをさすのではなく、現在の瞬間瞬間の生命の連続のなかにこそ「臨終」はあるともいえよう。
 したがって「臨終正念」とは、現在の瞬間における“生”を最も充実した完全燃焼の“生”として、未来に向けていく精神の姿を意味する。
 末法今時において「臨終正念」を得る道は、三大秘法総在の御本尊を信じて唱題の行に励む以外にない。
 ゆえに「南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念し給へ」と、透徹した信心を確立して真剣に祈念しておくよう、最蓮房を励まされているのである。
 そして「生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ」と戒められている。この人生のなかで透徹した信心に立ったとき、凡夫の我が身がそのままで妙法蓮華経の当体とあらわれるところから「煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり」と御教示されているのである。

・続く〜


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