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ソメルゼさんの教学部屋

75首都高バトル01:2012/03/25(日) 18:34:51 ID:zLvwUaR.0
百六箇抄の最終結論...下種境智倶実の本迹。

種・脱の本迹は、複雑。
凡夫こそ本仏とは、目覚めた凡夫こそ本仏(また目覚め瞬間が最終にして最初の中の最初の本)。
御本尊と人(凡夫、つまり題目を唱える目覚めた凡夫)
名字即の境(御本尊)と智(人の仏界の一念)は、倶(とも)に本(本行の南無妙法蓮華経と信じ唱える一念)(九界即仏界)(名字即の自受用身は、本の迹は、迹にあらず)。→ 本因妙抄より、「此れは久遠元初[御本尊]の自受用報身無作本有の妙法を直に唱う[下種名字の凡夫]」

観行即の境(現実問題と隠れた答え)(多宝如来→部分法及びその集合体)と
智(隠れた答えをあらわにする智慧)(釈迦如来)は、
倶に迹(仏界即九界)。
観行即の自受用身は、迹(観行即による)の本(部分法)は、
本(全体法)にあらず。→本因妙抄より、「彼は応仏昇進の自受用報身の一念三千一心三観」

多宝如来を境として釈迦如来(脱益観行の仏)は、部分法の現実問題の答えを悟る智慧)
仏界の一念が観行、演繹で真実を追究する。
また迹の本(多宝如来)は、本(南無妙法蓮華経の御本尊)にあらず。南無妙法蓮華経による一念が、現実問題、その答え、実相、多宝を明らかにする。
智慧となって現れる。


続く。


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