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ソメルゼさんの教学部屋

50首都高バトル01:2011/12/31(土) 12:39:24 ID:zLvwUaR.0
>>45
>「中諦は活動そのものであり、全体です。
中諦は無始無終で永遠の活動です。
仮諦は、有始有終と有始無終があります。

もうお分かりでしょう。そうです、
不変と随縁です。
二つの真如は、活動そのものです。」

「ちょっと待って。
上の内容は、>45の内容は、おかしいんじゃない?
・一大事因縁において、三諦を展開。
・十如是の内の三如是において三身を展開。
・真如は、随縁論において、不変,随縁の真如を展開。
(衆生の仏性に約す場合と、仏身論の法身に約す場合とがある。)
・三道が、三徳と転じる時、三観・三諦と即一心に顕れる。
(題目を唱える人に。)正確にね。」

「一乗、一仏乗は、仏の境地に導く乗り物でしょう。」

「三つ、乗っちゃう。心と衆生と仏が乗っちゃうと、
心法、衆生法、仏法、そしてそれぞれに二妙を具すゆえに、
二妙(相待、絶待)を駆使することにより、
心法妙、衆生法妙、仏法妙になる。」

「三諦は法華経により三身と展開するけど、
法身如来が、無始無終、
報身如来が有始無終、応身如来が有始有終じゃない?」

[ 今、こだわっているのは、伝教大師の『守護国界章』に「有為の報仏は夢裏の権果・無作の三身は覚前の実仏なり。夫れ真如の妙理に両種の義有り。不変真如は凝然常住、隨縁真如は縁起常住なり。報仏如来に両種の身有り。夢裏の権身は有為無常にして覚前の実仏は縁起常住なり。相続の義に亦両種有り。隨縁真如相続常の義、依他縁生相続常の義なり。今真実の報仏は隨縁真如相続常の義に攝す。〜 権教の三身は未だ無常を免れず。実教の三身は倶に体倶に用なり。」

「不変真如は、不動の真如と捉えられていること。
そして活動を(即)諸法と言うこと。」

「何も不変真如が活動しなくても悩む必要はないですよぅ。」
「法華経に入って三諦論が三身論に転じるけど、
必ず一身に三身が倶わる(一身即三身)。
また三身が一身に倶わる(三身即一身)、倶体倶用の関係。」

「だから南無妙法蓮華経によって我が身に顕れる応身を通して、
充分とことん活動できるのでご心配なくぅ〜。」

「じゃあ、南無妙法蓮華経そして御本尊は、
三諦論や三身論で展開すると、どうなるの?」

「とにかく、徳一(法相宗の僧)の理論のようにならないで。」

「気になっているのでしょう。
もし無始無終の存在が不動で活動してなかったら、
、、、続く。


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