したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ソメルゼさんの教学部屋

120首都高バトル01:2012/05/16(水) 13:48:57 ID:zLvwUaR.0
「 極仏境界とは十如是の法門なり十界に互に具足して
十界・十如の因果・権実の二智・二境は我が身の中に有って
一人も漏るること無しと通達し解了し仏語を悟り極むるなり 」
( 日蓮大聖人御書.総勘文抄より )

十如是とは、
十界の衆生に共通して具わる、生命の10種類の側面を示したものです。
(sokaホームページより)

例えば、碁や将棋も相手のまずは、石や駒の動きをシュミレーションし、
動きのプロセスを探るやり取りをする。
更に進んで相手の命、心からその人の行動パターンを割り出し、
戦いの流れを読み取る。
十界互具と十如是は、密接な関係にあるから命や心がわかれば、
人の行動パターンがわかってくる。
熟練した人は、ある意味十如是を極める人と言っていい。
推理もそう、行動、世の中の動き、プロセスを探る。
天気予報も気候の変動を、つまり天候のプロセスを予想する。
こう考えて来ると十如是は、行動や現象のプロセスを正確に
捉える事が出来れば、ある意味、未来を見ていることになる。
より正確に物事やプロセスを見る段階を眼に例え、
仏法では五眼とランクをつける。
五眼の中の仏眼を持つ仏は、法華経において、どう見るか?
「衆生見劫尽。大火所焼時。我此土安穏。天人常充満。」
(衆生が世界が滅んで大火に焼かれると見る時も、私の住む国土は
安穏であり、つねに喜びの天界・人界の衆生で満ちている。)
また「我智力如是。慧光照無量。寿命無数劫。」
(私の智慧の力はこのようなものである。
智慧の光が照らすことは無量であり、その寿命は無数劫である。)
・地獄即仏界
これを聞くと祈りが単なる気休めでないことがわかる。
十界・十如の因果・権実の二智、つまり人が無限に智慧を発揮すれば、
人類滅亡の危機を回避する術を得ると言うことである。
仏法、法華経、一念三千、南無妙法蓮華経は、
単なる気休めの宗教ではないのである。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板