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本迹に関して対話するスレッド
157
:
やまいぬ。
:2008/11/21(金) 12:19:45 ID:Z0E/aJZg0
>今自分が直面している問題と戦わないで、御書引用して他人に話しても無意味なんですよ。
>『一丈のほりをこへぬもの十丈二十丈のほりをこうべきか、』
>(種種御振舞御書)
>今自分の目の前の問題、それがその人の越えるべき山ですよ。
>広宣流布はね、その山の先にあるんです。
御書を、ご自分の都合のいい箇所の都合のいい引用だけなさるのも、そろそろお止め頂きたい。(^^)
「悦しきかな汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る、誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば
風和らぎ浪静かにして不日に豊年ならん、但し人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる、
譬えば猶水中の月の波に動き陳前の軍の剣に靡くがごとし、汝当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん」
(「立正安国論」)
だから学会のど真ん中で、師の仰せの通りと、みなとともに地道に闘い続ける必要があるのです。
「抑法華経を信ずる其の行相如何五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき丁寧に尊教を
聞かん事を願う、聖人示して云く汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る誠に禿樹禿に非ず春に
遇つて栄え華さく枯草枯るに非ず夏に入つて鮮かに注ふ」
(「聖愚問答抄」)
「自分一人の人間革命」などありません。
「祈った」「功徳頂いた」――だから? それで?
それで終わりなら十界は要りません。(^o^) 天界までで充分ですね。蓮祖仏法否定です。
何度でも書きましょう。
「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」
真っ直ぐに学会のど真ん中で祈って闘えば、功徳など「もう要らん。(^^;」というくらい頂けます。
何のための功徳なのか? すべて広宣流布のための付録みたいなもんです。
根本は、「師の仰せの通りに闘って生き切る自分」であるかどうかがすべてです。
付録など、「有難うございます。(^^)」と歓んで頂戴して、それだけのことですよ。(^^)
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