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こらむ

3白書さん:2009/06/19(金) 22:26:21 HOST:wcache2.waseda.ac.jp[pc015139.cat.waseda.ac.jp]
日銀は当時なぜ約束をしたのか。約束はゼロ金利下で金融政策の有効性を確保するための苦肉の策であったと考えられる。コール翌日物がゼロに到達してしまうとそれ以上の引き下げは不可能である。では金融緩和はそれで終わりかというとそうではない。明日または明後日さらには1年後のコール翌日物の水準について約束することによりさらなる金融緩和効果を得られる。市場が1年後までコール翌日物ゼロが続くと予想すると、今日の市場で成立している1年物金利がゼロに近づき、それが景気刺激効果を持つからである。

日銀の政策運営スタイルは、ゼロ金利に入るまでは裁量の色彩が非常に濃いものだったことを考えると、スタイルの転換は日銀にとって非常に思い切ったものであったといえる。ゼロ金利という非常事態だからこそ可能だったのだろう。

しかし約束が有用なのは実はゼロ金利下だけに限らない。最適な金融政策ルールに関する最近の一連の研究によれば、一般に裁量よりもルール型(約束型)の政策運営の方が高い経済厚生を実現できる。約束に基づく政策運営では、中央銀行自身が近い将来どのような行動をとるかをアナウンスすることにより市場参加者の予想に働きかけ、それによって現時点での経済の状態に影響を及ぼすというチャネル(金融政策の「予想チャネル」)が新たに加わるからである。金融政策が経済に影響を及ぼすチャネルがひとつ増えるのだから、経済厚生が改善するのは自明である。最近注目を集めているインフレ・ターゲティングは約束型の一形態である。

予想チャネルの放棄を意味する裁量への回帰
本年3月の量的緩和政策解除の直前には、日銀の「次の約束」は何かを巡って市場でさまざまな憶測が飛び交った。01年3月の量的緩和に関する約束が終わろうとしているのだからそれに代わる次の約束を市場が求めたのは自然といえよう。市場は日銀の先行きの行動を読むための情報を欲していたのである。しかしそれに対する日銀の答えは、物価安定の「理解」の公表であった。日銀はこれが目標値でも参照値でもないことを強調しており、その意味で市場が求めていたものとは明らかに異なるものである。「総合判断」という名のもと裁量に回帰しようとしているともみえる。

将来の政策を今決めてしまうことは窮屈であり、将来時点における政策選択の自由度を奪う。つまり、金融政策の機動性と約束は相反する面がある。これは古くから指摘されてきたことであり、日銀が懸念しているのもこの点である。また意外なことに、市場参加者の中にも同様の懸念があり、日銀を支持する声も少なくない。しかし裁量への回帰は予想チャネルの放棄を意味する。人々の予想の揺れが金利変動の支配的な要因となっている現代の市場構造を前提とすれば、予想チャネルを放棄することのコストは大きいと見るべきであろう。

2006年6月6日
ttp://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0194.html


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