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覚支相応における止住・死没の条件について
3
:
和井 恵
:2013/10/09(水) 22:22:49 ID:/qZ2M5.2
〈 つづき 〉
要するに、
『 生じたもの 』 でなく 『 成ったもの 』 でなく『 作り為されたもの 』 でなく『 形成されたもの ( 有為 ) 』 でない もの
というこれは、「否定」と「肯定」が、それぞれ互いに「対立する相手(対立概念)」に依存して成立しているもので、
「『 生じたもの 』 でない」と言いながらも、それは依然として、「生じたもの」の範疇のままなのです。
※これは、比丘たちよ、( もし、誰かが )
「 私は、色 を 離れ 受 を 離れ、想 を 離れ、行 を 離れて、それらとは まったく別 ( 無関係 ) な、
更なる、識 ( 識別・六識 ) の 来往 ( 行き来 ) ・ 死生 ( 生滅 や 再生 ) ・ 長益 ( 生育 ) ・ 広大 ( 増大 ) を 説明してみせよう 」
と 言ったとしても、そのような 言説 は、此処 ( 根拠となる 道理 や 依処となる 足場 ) が、 何処 にも 存在していない のである。
という経典での説明する「意図」なのです。
ですから、
かれは このように 知る。
( すなわち ) この 無相心三昧 は 作られたもの であり 思念 されたもの である。
何であれ 作られたもの であり 思念されたもの は、無常 であり 滅する性質 の もの である と 知る。
というプロセスを経ないと、
本当の「無相」「無願」「空」(という表現をあえてしますが、これは言葉だけのものにしか過ぎません)には至れません。
ですから、この「パティサンビダーマッガ(無礙解道)」の説明は、参考にはならないと私は判断しています。
参考になりそうな経典を挙げるとすれば、次の経典など…
比丘たちよ、また私は、明解脱に食(栄養)があり、食あらずということはないと説く。
何を明解脱の食とするのか?
(それは)七覚支であると説く。
比丘たちよ、また私は、七覚支に食があり、食あらずということはないと説く。
何を七覚支の食とするのか?
四念処であると説く。
比丘たちよ、また私は、四念処に食があり、食あらずということはないと説く。
何を四念処の食とするのか?
三(身口意)善行(妙行)であると説く。
比丘たちよ、また私は、三善行に食があり、食あらずということはないと説く。
何を三善行の食とするのか?
六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)の防護であると説く。
比丘たちよ、また私は、六根の防護に食があり、食あらずということはないと説く。
何を六根の防護の食とするのか?
正念正知であると説く。
比丘たちよ、また私は、正念正知に食があり、食あらずということはないと説く。
何を正念正知の食とするのか?
如理作意であると説く。
比丘たちよ、また私は、如理作意に食があり、食あらずということはないと説く。
何を如理作意の食とするのか?
信あることと説く。
比丘たちよ、また私は、信あることに食があり、食あらずということはないと説く。
何を信の食とするのか?
正法を聞くことであると説く。
比丘たちよ、また私は、正法を聞くことに食があり、食あらずということはないと説く。
何を正法を聞くことの食とするのか?
善人(正しい指導者)に親しむことであると説く。
比丘たちよ、このように
善人に親しむことを成就するなら正法を聞くことを成就し、
正法を聞くことを成就するなら信あることを成就し、
信あることを成就するなら如理作意を成就し、
如理作意を成就するなら正念正知を成就し、
正念正知を成就するなら六根の防護を具し、
六根の防護を成就するなら三善行を成就し、
三善行を成就するなら四念処を成就し、
四念処を成就するなら七覚支を成就し、
七覚支を成就するなら明解脱を成就する。
このように、この明解脱に食があって[明解脱を]成就する。
これが、七覚支を成就するプロセスを示しているのです。
いずれ詳しい説明は、gooブログの中でする予定です。
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