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百合ごっこ 本スレ
163
:
名無しさん@秘密の花園
:2009/12/31(木) 20:43:31
で、「スパゲテイ様」をググッたら、こんなのが出て来た。
>1.まず「私」を構成する基盤を「感性」と「思考」と「記憶」だと定義します。
>「私」が不老不死を得るためには、この三つの要素を支える身体的基盤を
>永続的な何かに取り換える必要があります。
>まず「感性」についてはサイバネティクス(義体)により、取り換えることは可能です。
>しかし「思考」と「記憶」についてですが、それを支える1500グラムの「脳」を、何らかの
>別の物質的基盤に取り換えることは可能でしょうか?
>仮に「私の脳」を構成する「全ての原子」の配列と状態を、全く同じ配列と状態の「別の脳」
>にコピーできたとします。しかしそこで生まれるのは「新たな私」であり、「元々の私」は引き継がれません。
>よって、どんなに生物学・コンピュータ技術が発達しても、不老不死は不可能だと結論できます。
>
>論証終了(Q.E.D.)
…何か、無性に書き物がしたくなったので、書いてみる。
うん、こういう、「書きたい!」って気持ちと、「裸の王様の気持ち」が有れば、文章は幾らでも書けるんだよ。
>まず「私」を構成する基盤を「感性」と「思考」と「記憶」だと定義します。
時点で文系臭くて耐えられないのだけど、「私」を構成する基盤が脳でなくて何なのだろうか。
「感性」、「思考」、「記憶」などと、定義に拠って如何様にも様変わりする物を「基盤」などとしている時点で、
議論がしたいと言うよりは、衒学的な文章が書きたいだけだと思えて来るね。
「私」と言うのは、飽くまでも、脳と言うハードウェア上に…物理的な物体の上に存在しているのであって、
「感性」だとか「思考」だとか「記憶」だとか言う、「脳の中で私が感じるモノ(哲学者に言わせるとクオリアかな)」と言う
情報をインフラストラクチャとして存在している訳では無いね。
このQ.E.D.厨は、他の所では、盛んに「脳科学、脳科学」、「物理学、物理学」と言う癖に、此処にそれ等知見を持ち出さないのは、
如何言う了見何だろうか。
その、恐らくは、「感性」と「思考」と「記憶」と言うのは、ヒト個体の構成要素を大まかに「哲学的」に分解した物なのだろうけど、
それにしても、適当過ぎるね。
こう、確かに、脳の部位を機能別にモジュール化すれば、それぞれの部位に、「記憶を司る」だの「情動を司る」だのの
二つ名を付ける事は可能だけれども、それは、「その部分さえ有れば、“私”のその機能が動作する」と言う事の証明を
行っている訳では無いのだから、そもそも、「私」を構成する基盤とやらを、ヒト個体の構成要素を「分割」して定義するのが間違いと言えるだろうね。
「私」を構成しているのは、ヒト個体であって、感覚等の入力、身体動作等の出力を無視すれば、「脳」と定義出来る、
位にしておくべきだろうか。
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