[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
医学・歯学
95
:
研究する名無しさん
:2015/07/18(土) 14:23:15
これもまた医学の姿
目撃の医師「狂気伝えたい」=戦後70年で資料展―米捕虜生体解剖事件・福岡 時事通信 7月18日(土)5時22分配信
第2次世界大戦末期に九州帝国大学(現九州大)で、米兵捕虜8人が実験的な手術を受け死亡した「九大生体解剖事件」の最後の目撃者で、医師の東野利夫さん(89)が19日から、福岡市で営む医院で事件の裁判記録などの資料を展示する。
戦後70年を迎え、記憶の風化が懸念される中、「戦争の狂気を伝えたい。それが私の最後の仕事だ」と考えている。
事件があったのは、東野さんが医学部に入学したばかりの1945年5月。目隠しされた捕虜2人が解剖実習室に運ばれ、麻酔の後、海水を血管に注入されたり、片方の肺を摘出されたりする光景を目撃した。
東野さんは医師らの指示で海水入りの瓶を持ったり、術後に床の血を洗い流したりした。捕虜の体から標本用に眼球を採るのを手伝わされたこともあった。
入り口には銃剣を持った歩哨2人がにらみを利かせた。手術を監視する高級将校が「この捕虜は名古屋で無差別爆撃を繰り返した。結局は銃殺刑になる者だ」と厳しい口調で言ったのを覚えている。計4人の解剖に立ち会った。
東野さんは「勝つか負けるかの極限で何をしても罪悪感が起きない空気だった。今思えばそれが一番怖い」と振り返る。九大は当時、海軍大将が総長を務め、軍が大学を実質的な管理下に置いていた。「軍の要請を断ることはとてもできなかった。戦争が人間の良心を狂わせた」と事件に関わった大学教授らに同情を寄せる。
戦後、東野さんは連合国軍による取り調べを受け、同事件に関する裁判で証言台に立った。自身は罪に問われなかったが、トラウマに苦しみ、入院もした。
何があったのかを知りたいと、週末になると捕虜が捕まった熊本や大分のB29墜落現場に足を運んだ。米国立公文書館からは裁判記録を取り寄せ、捕虜の上司で唯一生き延びたB29の機長に会いに渡米した。
展示ではパネルを使い、事件を時系列で説明、足で集めた数十点の資料を並べる。一般公開は終戦の日の8月15日までの予定。東野さんは「戦争は悲惨と愚劣しか残らない。絶対にやってはだめだという教訓になればいい」と話す。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板