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ホラーテラー作品群保管庫

1692なつのさんシリーズ「異界」4:2014/06/16(月) 23:32:12 ID:mn6OmNt.0
はやくこの場から去りたいのに、足が動かなかった。
それどころか、足が勝手に動き、自分の腕が青いテントに向かって伸びていた。
めくろうとしているのだ。中を見ようとしているのだ。
やめろ。
声は出ず、心の内で叫ぶも、僕は止まらなかった。
そうして僕は、ブルーシートをめくった。
臭気が這い出て来る。何匹かのハエが、僕の行動に驚いてかテントの傍を離れた。
息を飲んだ。
中には一匹の犬が逆さに吊られていた。喉元が裂かれていて、傷口から血が鍋の中へ滴り落ちている。黒犬だ。
舌が垂れ、見開いた目が地面を睨んでいた。
タ。
タ。
タ。
血が鍋の底を叩く音。
僕の手が驚くほど緩慢な動きでゆっくりとシートを元に戻した。
足も手も震えて、声にならない声が腹の奥から上がって来て、今にも叫びだしそうだった。懸命に自分を押さえる。
息が荒くなっていた。上手く呼吸が出来ない。
その場にしゃがみ、胸の辺りを掴み、目を瞑り、落ち着くまで待とうとした。
「何しゆうぞ」
人の声がした。
振り向くと、そこに人間がいた。
どうやら僕は自分のことに精いっぱいで、近づいて来る足音にも気付かなかったらしい。
男だった。赤いニット帽を被っている。革のバッグを背負い、黒いジャンパー、履いているのは青いジャージだ。
顔には無数のしわが刻まれていて、頬が少し垂れている。
年齢は良く分からなかったが、六十代の半分は過ぎているだろうか。
男は、ぐっと腰を曲げて、しわの延長線上のような細い瞼の奥にある光の無い目で、僕のことを見つめていた。
僕は何も反応ができなかった。
男はそれから青いテントに目を移した。
「……ああ、ああ、見たんか。兄ちゃん。そうか」
ぼそりぼそりとそう言って、それから低く笑った。
「見えんようにと、被せたんにのう」
その時の僕は、今しがた見てしまったモノに対するショックと、突然現れたこの人物に対する驚きで、
身体も精神も固まっていた。
どうやら人間は、許容量を遥かに超える負荷をかけられると、肝心な部分がどこかへ行ってしまうらしい。
男はその手に犬を抱いていた。死んでいる。僕が先程見た眼球のない犬だ。
僕は夢でも見ているようなぼんやりとした心持ちで、その光景を眺めていた。
「ああ、こいつか?こいつぁ、おれの犬だな」
男は僕の視線に気がついたのか、そう言った。
「こいつぁな、野村のヤツが殺した。おれが留守にしとる間に。……そうにきまっとる。
 犬嫌いやけぇあいつは……、俺の犬や言うとろうが。俺が骨もやっとったし、紐もつけとる。やのに、野村のヤツが……」
ぶつぶつと誰もいない茂みへ忌々しげに吐き捨てると、男はもう一度僕の目を覗きこみ、こう続けた。
「兄ちゃん。勘違いしたらいかん。……こいつは食わんぞ?俺の犬やきの」
男は歯がだいぶ欠けていた。
僕の中の糸が切れた。いや、繋がったのかもしれない。
僕は起き上がり、その場から逃げた。
どう逃げたのかは覚えていない。ただやみくもに斜面を上ったような気がする。
途中、転んだかもしれない。悲鳴を上げたかもしれない。何も覚えてない。


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