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詩・歌・管・弦 part 2

183千手:2009/01/11(日) 17:13:43
↑は>>180の間違い。
>>181
俊輔さんの読みの底までわたしはまだ達することができていませんが、
>鶴見俊輔さんは「観客が一人もいない」という意味で「一人芝居」とおっしゃったのでしょうか。それなら残酷ですね。哀しく滑稽でかわいい「ひとり生活の処せ術」です。
はかなり深い意味でそうだと思います。
けれどわたしが今思っているのは、鶴見和子さんにとって歌が暗黙に予感している他者は、ほんとはごく内密な世界で、自分に、そして俊輔さんに、そして他の兄弟姉妹に向けて作っているように見えます。
「わたしはこんなに意気高く生きてる」ということを示そうとして。
多分再晩期にしろ和子さんを訪ねたら、わたしの仕事が何かということを真直ぐに尋ねられたことでしょう。
その姿美しい意志の形をわたしは決してないがしろにすることができない。
 けれど歌の道としては、本道からは外れていると思います。
  高見山青透くばかりすがた立つつくづくと今をよき咲(ゑま)ひあれ
    山中智恵子『みずかありなむ』「離騒」
 こういう他者の持ち方が正道だと思います。
 けれど他方で、鶴見和子さんほどきちんとした意志の姿勢を貫き、示した歌人も他にいないと思います。
「ひとり遊び」「兄弟遊び」という狭さが残っているにしてもです。


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