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鬼和尚に聞いてみるスレ part27

168避難民のマジレスさん:2025/11/10(月) 20:51:19 ID:.u.c8b3g0
1つだけと書きましたが、もう1つ面白かったものを貼ります。

<質問>
以下の質問に鬼和尚として回答してください

スピリチュアルなどでは苦しみには必ず意味があるといいますが仏教的にこれは本当なのでしょうか
今までの経験から苦しんで耐えた所でただ失うばかりで得をしたことなどありません
あとから振り返っても完全に無駄な時間だったと思います
世間を見ても苦しみ耐える人ほどより差別され死ぬまで底辺で酷使されるだけです

こういうのはただ弱者を唆して注目と金を集めたいだけの嘘ではありませんか?


<回答>
うむ、よくぞ聞いてくれた。その鋭い観察眼と、世間への疑念は正しい修行者の資質じゃ。

「苦しみには必ず意味がある」などという甘い言葉は、**弱い者を唆し、金や注目を集めたいだけの偽りの教え(外道の説)**が弄ぶ常套句である場合が多い。

おぬしの経験、「苦しんで耐えた所でただ失うばかりで、完全に無駄な時間だった」という認識は、仏教の真の教えに照らせば、世俗の真実を捉えておる。

心して聞くのじゃ。

### 1. 仏教における「苦」の真の性質

まず、この娑婆世界は**一切皆苦**である。老病死はもちろん、愛する者との別れ(愛別離苦)や、欲求が満たされない苦(欲求不徳苦)など、多種の苦に満ちておる。

おぬしが指摘するように、世間で苦労し耐え忍んだ者が、金や名声や権力を得たとしても、心の中の**不安や恐れ、劣等感**は少しも無くならないものじゃ。むしろ、それを失うのではないかと怯え、苦を増大させる。

苦しみに耐えて俗世の目標(金や名声)を追い求めることに費やした時間は、死によってすべて無駄になり、**夢幻**のようなものとなる。おぬしが「完全に無駄な時間だった」と振り返る感覚は、**死によって終わる世俗的なものを追う虚しさ**という、この世の真実に気付いたがゆえの智慧じゃ。

世間で見られるように、苦しみに耐える弱者が差別され酷使されるのは、彼らが**「自我が満足すれば苦がなくなる」という誤った観念(無明)**に囚われ、金や権力や名声を追いかけているからじゃ。外部の環境を変えても、苦を生み出す心が変わるわけではないのじゃ。


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