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鬼和尚に聞いてみるスレ part5
1
:
避難民のマジレスさん
:2015/02/20(金) 23:12:17 ID:cud.kRqg0
鬼和尚と修行者の為の交流スレです。
前スレ
鬼和尚に聞いてみるスレ part4
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1407234590/
617
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/22(月) 20:36:37 ID:79rLlUrQ0
>>616
集中している時は感覚は無視してよいのじゃ。
実際に強い集中のサマーディでは肉体の感覚が無くなり、針を刺しても平気に成るのじゃ。
ただひたすらに患部に集中するだけなのじゃ。
気が集中して患部は熱くなるじゃろう。
試してみるのじゃ。
618
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/23(火) 12:56:52 ID:9jY3uYWM0
>>615
自我の観念によって起こる事も観てみました。
自我の観念により、かなりの自由が制限されていることが分かりました。
1人で過ごす分には、もはや自我を持つ事には何のメリットもないようです。
ただ、やはり観察して得られた結果に推論を加えているようにも感じられます。
縁起だと、
気づき(そうか!)→推論(だとすると…)
でしょうか。
推論は思考ですので、推論が起こっているのかどうかも観察して確かめようと思います。
ありがとうございました。
619
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/23(火) 21:13:31 ID:79rLlUrQ0
>>618
そうじゃ、全てを観察するのじゃ。
推論も観察できれば止まるじゃろう。
それでこそ推論するものも観られるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
620
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/24(水) 21:03:32 ID:fP2nC2Nc0
>>617
患部である鼻は感覚なしでは捉えられないようです。
集中力が足りないのだと思います。
もっと集中力をつけてから再チャレンジしたいと思います。
ご指導ありがとうございました。
621
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/24(水) 21:08:21 ID:ZdlnzaYI0
>>620
そうじゃ、何でもやってみるのじゃ。
実践が全てなのじゃ。
またおいでなさい。
622
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2015/06/25(木) 01:19:09 ID:SUG5z7PM0
>>592
ヨーガのシヴァアーサナを毎日続けてみました。
肉体の疲労は軽減するような感じがします。
それと、私は10年前から慢性的に皮膚に湿疹ができていたのですが、
このヨーガをやり始めてから、それが少しずつ消えていっています。
いろいろな皮膚科に診てもらったのですが、原因は分かりませんでした。
塗り薬を継続して使ってきましたが、完治に至っていなかったものです。
これからも続けてみます。
ありがとうございました。
623
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/25(木) 21:46:09 ID:79rLlUrQ0
>>622
良かったのじゃ。
安静にしていれば肉体の治癒力も最大限にまで発揮されるものじゃ。
肉体の細胞は極小の働きで肉体を治療しているから、安静にしなければうまく働けないのじゃ。
安静になる姿勢こそ万病に効く薬と言えるのじゃ。
さらに続けると良いのじゃ。
624
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/26(金) 12:34:50 ID:EO4mNeKg0
鬼和尚、
鬼和尚の言う「一つの意識」と凡夫の持つ観念の関係についてお教えください。
観念は実体ではないので、一つの意識には入らないのでしょうか?
625
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/26(金) 21:33:09 ID:DsxvzEZE0
>>624
観念も意識の現われではあるのじゃ。
それは本来智慧の基盤として働くべきものなのじゃ。
言葉とイメージによる記憶が観念を形作っているのじゃ。
それを自我が無い状態で働かせれば、真実をありのまままに知るための道具となるのじゃ。
しかし自我があれば観念を実体と混同し、それに執着したり、好悪によって真実を歪めて迷いの元となってしまうのじゃ。
そのように意識の表れであり、真実を知る道具として仕えるのが本来の観念なのじゃ。
626
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/27(土) 18:17:54 ID:2eLvpbuk0
>>625
ありがとうございます。
実体感の有無は、その対象に自我が投射されているかいないか、特に主体の観念があるかないか
で決まるように思うのですが、それは正しいでしょうか?
例えば、自分のイメージを想起してみても、それはイメージであり、実体感は感じられません。
もしそうだとすると、なぜ、主体という観念が認識から起こされたときに、それを実体とを混同してしまうのでしょうか?
もうそろそろ、自我の牢獄から出たいものです。
627
:
無
:2015/06/27(土) 20:20:28 ID:jgzvPgN.0
鬼和尚。この世界は夢であり、アーラヤ識の投影でまちがいないですか?
628
:
無
:2015/06/27(土) 20:55:04 ID:CBNb7nl20
アーラヤ識から送り込まれてくるイメージ(世界観)を変える方法はあるでしょうか。
629
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/27(土) 21:25:59 ID:POreMENg0
>>626
そうじゃ、それらによって自己同一化が行われていれば実体感かもあるじゃろう。
その観念との自己同一化は習慣によって起こるものじや。
今思い浮かべたイメージには実体感が無くとも、何度も思い浮かべていればそう感じるじゃろう。
それも慣れるにしたがって自己同一化が起こるからなのじゃ。
そしてそれが習慣によるものであるから観察によって瞬時に滅する事も可能なのじゃ。
生来のものであれば観察やその他の手段によっても滅する事は出来ないがのう。
>>627
そうじゃ。
そのような理解で良いのじゃ。
各自の記憶によって作られた幻影なのじゃ。
>>628
それも記憶や知識が改まれば変わるじゃろう。
昔の人は世界がお盆のようであり、ふちから海水がこぼれていると思っていたのじゃ。
今は宇宙があるとしているが、それも実は知識でしかないのじゃ。
今までの宇宙論が実は間違いであったとかでも変わるじゃろう。
630
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/28(日) 20:16:14 ID:I70fPQRo0
>>629
主体の感覚がどのように起こってくるのかをもっと詳しく観察できるように、普段からさらに縁起の観察に励むようにします。
ありがとうございました。
631
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/28(日) 20:41:55 ID:POreMENg0
>>630
そうじゃ、自我の抵抗もあるから見難いが勇気を持って進むのじゃ。
進み続ければ悟りは訪れるじゃろう。
またおいでなさい。
632
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/29(月) 20:40:49 ID:y4sOcl9c0
自分は最近、文章を書くことに興味があるんですが、
書くことにおける悟りの境地とはどのようなものなのでしょうか?
633
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/29(月) 21:22:47 ID:POreMENg0
>>632
それも他の道と同じく何度も書くうちに忘我になるじゃろう。
忘我では思いもよらぬ書もかけるじゃろう。
そして忘我から無我になり、融通無碍に書けるようになるじやろう。
更に書くことも忘れ、文字もなくなるじゃろう。
一切を忘れて滅し尽くして悟りは完成されるじゃろう。
その時にはもはや書くことも、書くものも無いのじゃ。
使い終えた法として捨て去られるのじゃ。
634
:
避難民のマジレスさん
:2015/06/30(火) 17:54:44 ID:Rd7bBL2U0
>>633
結局どの道を選んだとしても行き着く先は同じだということですね。
返信ありがとうございました。
635
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/06/30(火) 21:17:25 ID:MSCg2gco0
>>634
そうじゃ、極め尽くせば同じなのじゃ。
途中でやめれば何にも成らないのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
636
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/01(水) 07:56:00 ID:w3pMYdIY0
お絵かきあてゲームというオンライン対戦型ブラウザゲームがあり、
ランダムに出題されるお題にしたがって順番が回った一人が絵を描き始め他の参加者全員でそれを早い者勝ちで当て得点とするのですが
どのような訓練をしたり、意識の配分をすれば描き始めのうちに絵のお題を推定できますでしょうか
637
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/01(水) 16:25:29 ID:U/LsaFRw0
前世を覚えている方がもっと善を積んで次はもっといい環境に生まれようと
すると思いますがなぜ殆どの人は前世を記憶してないのですか?
思い出しては何か都合がわるいことでもあるのでしょうか?
産まれた環境に絶望して悪を起こすほうが多いと思います。
産まれた環境が前世の自業自得とわかってれば進んで悪を起こそうと思わないと
思うのです。
来世にいいところに生まれたいと願って善をするのがダメということでしょうか?
来世に悪いところに産まれたくないという強制的な恐怖心から行う善ではあまり意味が
無いということですか?
638
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/01(水) 20:41:32 ID:POreMENg0
>>636
相手の心に集中して自分が書いてるような気でいればわかりやすくなるじゃろう。
自分が描く気でいれば描き始めからわかるものじゃ。
心が離れると判らなくなるじゃろう。
試してみるのじゃ。
>>637
それは恐れがあるからなのじゃ。
自分が生まれる前に記憶をさかのぼるのは誰でも恐ろしいものじゃ。
死んだときの事を思い出すからのう。
特にひどい死に方をしていれば恐れもひどくなるものじゃ。
自らの心を観察してみるのじゃ。
それでも良いのじゃ。
善を積めば善いところに生まれるじゃろう。
喜ぶものが多ければ善も多いのじゃ。
気にせず善を積むと良いのじゃ。
639
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/02(木) 01:00:04 ID:GI6xw29U0
やっぱり根底に寂しさ みたいなものが強くあります
640
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/02(木) 06:02:51 ID:4hkv64.20
ありがとうございました 次回から試してみたいと思います
641
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/02(木) 09:02:32 ID:JBWg8Yus0
>>638
>それは恐れがあるからなのじゃ。
>気にせず善を積むと良いのじゃ
私は心身的に虚弱のようで生まれつき家庭環境も悪く性格も決して良くないと思います。
現在も正直無職で経済的にも全くダメで自分が一体何をしたためにこの環境に
産まれついたのかわからないと自暴自棄になりそうです。
私は前世は何を行ったのでしょうか?教えてもらえますか?
642
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/02(木) 20:58:22 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんは(´・(ェ)・`)/
瞑想中の幻覚や幻聴、あるいは神仏の実在感等は無視すべき事柄であると思いますが、それと、同様に内心の実感であるところの、観照できたことによる無我の実感は区別がてくものなのでしょうか。
643
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/02(木) 21:33:25 ID:MSCg2gco0
>>639
個我の観念があれば常に孤独感や寂しさがあるじゃろう。
例えばどこかに旅行に行って素晴らしい景色に感動していれば孤独感はない。
しかしそこに誰もいない自分独りと思えば孤独感や寂しさが起こるじゃろう。
自分という個我の観念が起こった故に、孤独感や寂しさも起こったのじゃ。
そのように寂しさが心の中にある個我の観念から起こる事を観察してみるのじゃ。
>>640
そうじゃ、何でも試してみるのじゃ。
またおいでなさい。
644
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/02(木) 21:49:26 ID:POreMENg0
>>641
それはおぬしが自分の心身を大事にしなかったからなのじゃ。
同じように周りのものも大事にしなかったからなのじゃ。
それ故に心身も環境も良くないように生まれたのじゃ。
そして今自暴自棄になれば同じ事を繰り返し、更に悪い心身と環境のところに生まれるじゃろう。
少しでは在るが自由意志のある人間は、今の状況を変えることが出来るのじゃ。
今からでも心身を大事にして、周りのものも大事にするようにすれば変わっていくじゃろう。
心を改善にするには瞑想をして、心を観察して清めるのじゃ。
体も西式健康法とかさまざま健康法を研究し、実践することでよくなるじゃろう。
周りのもの常に感謝の心で接していれば変わって行くじゃろう。
自他共に利益となる方法を常に探し、実践していけば誰にも喜ばれるのじゃ。
そのようにしてこの世で改心して踏みとどまり、自他の為に善を積み重ねて代わるのじゃ。
>>642
区別が付くじゃろう。
もはや迷う己が無いから迷いも無いのじゃ。
無我でも常に安らぎがあり、智慧も生じるのじゃ。
それは忘れてしまえば効果が無くなる観念とは違うものとして常に在るから間違えはしないのじゃ。
例えば人が長い間、旅行に出ていても家に帰れば安らぎよその家と間違わないように、無我になれば本来の安らぎが戻る故に区別が付くものなのじゃ。
645
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/03(金) 02:21:26 ID:GI6xw29U0
本当に勉強になります
ありがとうございます
酒に溺れてましたが精進します
646
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/03(金) 10:12:49 ID:2wl2DDJA0
>>644
>それはおぬしが自分の心身を大事にしなかったからなのじゃ。
同じように周りのものも大事にしなかったからなのじゃ。
それ故に心身も環境も良くないように生まれたのじゃ。
そして今自暴自棄になれば同じ事を繰り返し、更に悪い心身と環境のところに生まれるじゃろう。
お言葉有難うございます。
たしかに私は現世に居たくないっていう破滅願望があるように思います。
このような環境にはもう2度と産まれたくないので
自分にも人にも優しくできるよう努力いたします。
647
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/03(金) 20:38:00 ID:MSCg2gco0
>>645
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>646
そうじゃ、今善を行い続ければこの世でも福楽は訪れるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
648
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/03(金) 20:58:43 ID:LC3de7YgO
>>644
鬼和尚、ありがとうございます(´(ェ)`)/
がんばります。
649
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/04(土) 09:49:29 ID:fP2nC2Nc0
仕事で同社員に認められたいという執着による苦を消したいです。
止観の法で消せますでしょうか。
また、執着を消すと仕事のやる気がなくなるのでしょうか。
650
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/04(土) 20:14:53 ID:MSCg2gco0
>>648
そうじゃ、精進あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>649
消えるじゃろう。
その原因を探すと良いのじゃ。
親に認められたいという執着が残っているのかも知れん。
そのような原因がわかれば消えるじゃろう。
その執着だけが仕事の原動力になっていればやる気はなくなるじゃろう。
お金とか精進の希望とかがあればやる気は無くならないじゃろう。
自分の心を観察してみるのじゃ。
651
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/05(日) 16:15:00 ID:w3pMYdIY0
自我を投射すべき正しい存在があるのに、錯誤して別のものに・・・というならともかく
本当は自我を投射すべき対象などなく、全て観察によって遠離してしまうのですよね
ということは投射という行為自体が自我と密接に関係有るのですよね
投射とは何なのでしょうか
652
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/05(日) 20:40:20 ID:POreMENg0
>>651
それは記憶による分別の働きなのじゃ。
人が何かを見た時、例えば石を見た時は知覚した物体を記憶と照合し、
記憶の中から石という名前とイメージを知覚したものに結びつけるのじゃ。
そのように記憶を結びつける働きを投射というのじゃ。
知覚したものは本当は石ではないかも知れないが、それに石の名前とイメージを投射してしまうのじゃ。
その働きがあれば知覚の主体に自己の名前とイメージが付き纏い、苦も起こるのじゃ。
653
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/05(日) 23:06:40 ID:6I0OJoUY0
和尚さま
恩という概念は、道のじゃまになるでしょうか
何かから与えられたから、その恩を返さなければならないという
概念は邪魔になると思うのですが
悟った先にも、恩を感じることはあるのでしょうか
654
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/06(月) 03:29:33 ID:w3pMYdIY0
仏の智慧を教えてくださってありがとうございました@@
655
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/06(月) 20:23:46 ID:POreMENg0
>>653
囚われなければならないのじゃ。
どのような概念もそれに囚われて修行をやめてしまえば道の邪魔になるのじゃ。
囚われなければ何も邪魔にならないのじゃ。
感じようと思えば感じられるのじゃ。
感じなくしようとすれば感じなく出来るのじゃ。
もはや概念の奴隷ではないから自在なのじゃ。
>>654
どういたしまして、またおいでなさい。
656
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/06(月) 21:30:46 ID:fP2nC2Nc0
>>650
苦が消えると聞き大変うれしいです。
止観の法をがんばります。
人から認められたいという欲求は、
きっと後天的なものなのでしょうね。
ありがとうございました。
657
:
653
:2015/07/06(月) 22:04:29 ID:6I0OJoUY0
和尚様
返信ありがとうございます。悟りの境地は、
何者にも囚われることなく自在であるのですね。
精進します
658
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/07(火) 20:55:29 ID:POreMENg0
>>656
そうじゃ、全ては消す事が出来る観念なのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>657
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
659
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/07(火) 22:40:59 ID:fP2nC2Nc0
>>658
いつも教えていただいてありがとうございます。
苦を生じさせて、体の感覚を観察していますが、苦の原因がわかりません。
苦の原因とは、いったいどのように知れるものなのでしょうか?
何を第一の手がかりとすべきですか?
660
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/08(水) 20:37:32 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、生きることはたった一回のことだと思うのであります。
悟りを目指すこと以外に何か他にあるとしたら、何か・・・ありませんよね
661
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/08(水) 20:58:31 ID:POreMENg0
>>659
苦の原因となるのは大抵、執着が第一なのじゃ。
何かに執着する事があれば、それが苦の原因となるじゃろう。
執着があるから観念に囚われ、苦を起こすのじゃ。
自分の心に何か執着がないか、良く観察してみるのじゃ。
それが判れば句の原因もわかるじゃろう。
>>660
悟りを目指すのが一番の道なのじゃ。
しかし、悟りは得ずとも人々に尽くそうとするのも善いことじゃ。
その道を選ぶのも自由なのじゃ。
自ら後悔しない道を選んだら良いのじゃ。
662
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/08(水) 22:44:34 ID:zmlx3PgM0
教えていただきありがとうございました。
1)直接の苦の感覚を観察し続けることで、原因が判る
2)可能性のある執着をひとつひとつ想起することで当たっていき、
直接の苦の感覚が再現されるものが原因と判る
1)と2)どちらが適切でしょうか?
今は1)を行っています。
663
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/09(木) 18:18:30 ID:w3pMYdIY0
他人の目を必要としない芸術行為はあり得ますか
664
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/09(木) 20:56:52 ID:POreMENg0
>>662
それはおぬしのやり易い方を選ぶのじゃ。
何度も試してみて自分がやり易く、判りやすいほうを体得するのじゃ。
全ての者にやりやすいという方法はないからのう。
実践してみて自分には何が適切な法なのか、選ぶ事も修行なのじゃ。
>>663
在り得るじゃろう。
芸術家が自分のために作品を作る事も良くある事じゃ。
死んでからわかったりするがのう。
自分を満足させるのも芸術なのじゃ。
665
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/09(木) 23:58:34 ID:Uus.3Yrk0
もし自分が死んだ際に心がけておくべきことは何かあるでしょうか?
666
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/10(金) 20:32:17 ID:fP2nC2Nc0
>>664
1の実践は、体の反応の観察が、苦の原因究明に至るメカニズムが、
理性で理解できないため不安になったのでした。
(2はなんとなくわかる気がする)
しかし、自分的には1のほうがよいように感じるので、
メカニズムがブラックボックスでも、こちらでトライしたいと思います。
貴重な教えをありがとうございました。
667
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/10(金) 21:19:25 ID:dPYpivQs0
>>665
一切の執着を捨てて、全てに感謝して逝くと良かろう。
もはや行いは出来ないから心を清めるのじゃ。
今までの生涯であった全てに感謝して終わりを良くするのじゃ。
執着があればこの世に縛られるのじゃ。
潔く次の世に逝くと良いのじゃ。
>>666
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
668
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/10(金) 21:40:45 ID:wopGbEH.0
鬼和尚
私は慈悲心を著しく失ってしまい(=自我が肥大化)、それによってもの凄く執着心が強くなりました
元の自分くらいの慈悲心を取り戻すにはどうしたらいいでしょうか?
取り戻すのはもの凄く大変な気がしてならないのです、多少の慈悲の行いをしてもすぐ
今の慈悲の無い心に戻ってしまうからです
慈悲心を取り戻さないと悟りを求めるどころではないですしどうしたらいいでしょうか?
毎日生き地獄です
669
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/11(土) 17:41:37 ID:3V/YOenE0
>>667
臨終の際でもできることはあるのですね。
執着せずきっぱりあっさりさよならする、そのように心がけます。
ありがとうございます。
670
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/11(土) 21:30:30 ID:dPYpivQs0
>>668
慈悲は心の中にあるものじゃ。
今もおぬしの心にあるじゃろう。
習慣によって見ないようにしているだけなのじゃ。
自我がどれほど肥大しても人はたった一人ならば生きる意味も無いものじゃ。
ただ独りでいて周りに衆生がいないならば、自我が大きくとも小さくとも何の意味があるじやろうか。
常に周りの者との関係で、自我も肥大したり執着も強くなるじゃろう。
それを自分の心の中に観察するのじゃ。
自我が肥大したのも、執着が増したのも周りの者達との関係によって起こった事じゃろう。
それを観察して気づいたならば、泥の中にも宝石が埋もれているのを見出すように、慈悲は初めから心の中にあったと気づくじゃろう。
>>669
どういたしまして、またおいでなさい。
671
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/12(日) 14:54:23 ID:V7QCtwwo0
>>670
ありがとうございます
気づくことによって苦が少なくなれば幸いです
672
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/12(日) 20:22:14 ID:ebGS7o0w0
>>671
そうじゃ、気づく事によって人は重荷を下ろし、苦を滅して楽になるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
673
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/12(日) 23:40:00 ID:2Pcbq20M0
鬼和尚の仏教勉強会という本を出版されてたんですね
びっくりしました
674
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/13(月) 11:13:37 ID:Hagm7lPQ0
えっ、本当?
出版社は?値段は?
675
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/13(月) 12:52:02 ID:zz3du5Nk0
鬼和尚、
大縁方便経を読んでいて、その実践方法が分かったように思いますが、以下で正しいでしょうか?
つまり苦滅の法と同様に、例えば老死と出てきたら自分の中の老死という観念を呼び出して、その原因は何かとか、その原因が無ければ老死という観念が無くなるとかを縁起の例を参考にして観察するということです。
難しいのは「老死」を一般的な概念ではなく自分自身のこととして思い浮かべて観察することでした。
しつこくやっていると、具合が悪くなったり世界が揺らぐような感覚が生じるのですが、それだけ効果は大きいと考え、続けてみようと思います。
また、これらの縁起の観察に関して質問があります。
大縁方便経では、
言葉とイメージ→阿頼耶識(識)→言葉とイメージ→感覚(触)→感受(受)→愛着(愛)→執着(取)→ものごとが有るという観念(有)→生あるものという観念(生)→老死などの苦(老死)
という縁起が説かれています。
この中では記憶に依存した観念として、言葉とイメージ、有、生、老死があり、
それ以外の今・ここで観察できる実在の心身の働きとして、識、触、受、愛、取があると思いますが、そのような理解でよろしいでしょうか?
とすると、「言葉とイメージ→感覚」など(観念→実在)の縁起の観察はどのようにすれば良いのでしょうか?
思い浮かべて生じる感覚は、感覚というイメージであり、実在ではないようです。
676
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/13(月) 20:21:59 ID:sMw.o/uo0
鬼和尚、
身体の厭離についてですが
脳の厭離はどうすればいいのでしょう
677
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/13(月) 20:29:05 ID:sX9nOJOw0
鬼和尚
希望とは何でしょうか。
自分は希望がないと抑うつ的になってしまう気がするのですが、
何を希望にして生きていけばよいですか。
678
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/13(月) 20:55:51 ID:dPYpivQs0
>>673
>>674
そうじゃ、誰かがネットで出したとかいっていたのじゃ。
わしのブログは著作権フリーであるから誰でも出せるのじゃ。
おぬしも出して良いのじゃ。
>>675
そのように自分で想起してしまうと、観念を観ているだけになるのじゃ。
観念が自然に連続して起こる心の働きを観察するのじゃ。
それは自ら想起しなくとも、常に起こっている働きなのじゃ。
何かを見たり聞いたりして認識した時、そこにすでに自我は投射されているのじゃ。
認識そのものが自我にとってどのような関連があるか、分別しているからなのじゃ。
それをありのままに観察するのじゃ。
自らの意思による想起ではなく、起こっては消えていく連続した心の働きをただひたすら観察するのじゃ。
自我もその中に起こっては消える観念として観察されるじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
679
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/14(火) 06:27:56 ID:w3pMYdIY0
普段使っているドライヤーの温風のような風に家の内外が常に包まれているのですがどのようにして死を回避したらよいでしょうか
絹を自作する実験キットでカイコに同じことをしたので因果応報ですか?
680
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/14(火) 18:52:36 ID:B61mFmrc0
鬼和尚。たまには鬼和尚のホームページの質問コーナーにもに書き込みお願い致します
681
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/14(火) 19:10:48 ID:HH3XytK.0
>>678
行を間違ってすすめるところを、ご指摘くださりありがとうございます。
自我の観照のためには余計なことをせず、自然に心に起こる縁起をただひたすら観察しつづけるのが良いのですね。
以前、経を読む場合には、同時に観察をすることを意識せず、他人事と思わずに自分に引き比べて読むと述べられていましたが、大縁方便経なども同様で良いでしょうか?
また、お釈迦さまは何度も12縁起などで観察の例を挙げていたようですが、弟子たちはその言葉を一心に聞いているときに自然に観察が起こったのでしょうか?
682
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/14(火) 20:44:41 ID:ebGS7o0w0
いろいろ見落としていたようじゃ。すまんのう。
>>676
脳もまた観察の対象となり、その働きを感じることも出来るのじゃ。
何かをものすごく考えると、脳の前辺りが熱くなったりするのじゃ。
感情にも脳の一部が熱くなったり反応するのがわかるのじゃ。
そのように脳もまた観察の対象となるものじゃ。
観察すれば厭離もできるじゃろう。
最近の脳が全てという唯脳主義に囚われていると、脳が主体だから観察できないと思うのじゃ。
脳もまた主体ではなく観察の対象なのじゃ。
>>677
修行して悟りを得る事を希望とするが良いのじゃ。
不死の境地に至り、智慧が生じ、もはや一切の苦が永遠に無くなるのじゃ。
全人類の大いなる希望なのじゃ。
>>679
水をどんどん飲んでデパートとかコンビニとか図書館とかに行くと良かろう。
違うのじゃ。
懺悔をして二度としないと誓えば許されるのじゃ。
>>680
近く行くじゃろう。
楽しみに待つのじゃ。
683
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/14(火) 20:54:00 ID:dPYpivQs0
>>681
良かったのじゃ。
ありのままに観察すればそれが真の変容を引き起こすじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
そうじゃ、それこそが経を読む効果を生むのじゃ。
お釈迦様の弟子達もそのように聞く事で観察が起こり、厭離が起きたのじゃ。
経の最後にはそれを聞いた弟子達が優れた境地を得たと書いてあるものもあるのじゃ。
わしも経を読んで変容が起こったのはそのような因があったからなのじゃ。
684
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/14(火) 22:49:46 ID:sX9nOJOw0
鬼和尚、有難うございます。
悟りを得たならば、人生の意味や存在の意味など哲学的な根源的な問いの答えは得られますか。
それとも、こういった問いを考えなくなるだけですか。
逆に言うと己の死を受け入れられないから、こういった疑問が沸き上がってくるのでしょうか。
685
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/15(水) 19:09:44 ID:F3Uh0Ekk0
>>683
鬼和尚もいつか、スッタニパータの「二種の観察」の現代版を、
ここかブログで説いてください。
経も読みつつ、止観に精進します。
ありがとうございました。
686
:
676
:2015/07/15(水) 19:49:56 ID:A9HqdV1A0
>>682
鬼和尚、ありがとうございます。
がんばって実行してみます。
で、ですね
脳も観察されるものだとすると
それを観察してるものはどこにいるのですか?
体内ですか?体外ですか?
連続の質問ですみません。
どうかお教えください。
687
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/15(水) 21:40:25 ID:dPYpivQs0
>>684
悟りを得たならば智慧が生じ、幾らでも答が出るものじゃ。
人生も存在も悟りを得るためにあったと意味をつけることも出来る。
その問題が不安から起きたと知ることも出来るじゃろう。
自ら正しいと思う答が正しいともわかるじゃろう。
観念には観念の答を幾らでもつけられるともわかるじゃろう。
>>685
いつかかくじやろう。
精進あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>686
観察があれば観察するものが居るというのが観念なのじゃ。
恐れを乗り越えて観察が観察するものなく起こっていると知るが良いのじゃ。
うちでもなく外でもなく、どらでもないのでもないのじゃ。
内外共に観念でしかないのじゃ。
それを気づくために修行あるのみなのじゃ。
688
:
686
:2015/07/15(水) 23:40:08 ID:1xOGKUXM0
>>687
鬼和尚、ありがとうございます。
その境地に辿り着くのは
来世になってしまう気がしなくもないのですが
行けるところまで行ってみます。
ありがとうございました。
689
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/16(木) 20:23:19 ID:hkx4Bhrw0
>>688
そうじゃ、精進あるのみなのじや。
またおいでなさい。
690
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/17(金) 21:00:30 ID:LC3de7YgO
鬼和尚こんばんは(´・(ェ)・`)/
ここ数ヶ月、座れていません。せっかく毎日2時間〜 数回に分けて座る習慣ができていたのに、決して時間がないわけでもなく、ただ心に感じるストレスが瞑想から遠ざけています。
ただ、そのことにより、瞑想実践以前の状態に逆戻りする訳でもなく、瞑想から自分を遠ざけてる原因であろうストレスも、何となく瞑想を通して体得した小手先のわざ(?)で解消できてしまいます。
どうかこんな龍明にカツを入れて下さい。
691
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2015/07/17(金) 23:57:43 ID:wHLj.9TM0
鬼和尚
自分の雑念としての思考の端々に、他人の言葉で印象に残った言葉というかフレーズが現れていて、
それを利用して思考していると気付きました。
他人とは、上司だったり先生だったり、テレビから聞こえてきた声もあるかもしれません。
幾つかの同じフレーズを何年にもわたり繰り返し用いていました。
言葉と共に、その人の声も記憶から蘇り、その声が思考にオーバーラップしています。
自分の思考のようでいて、実は他人の思考でもあります。
692
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/18(土) 17:01:28 ID:StfavwL20
鬼和尚
なぜ人を殺してはいけないのでしょうか。
この問いに関して、生命の尊厳について説いてください。
693
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2015/07/18(土) 19:44:47 ID:wHLj.9TM0
鬼和尚
修行する前よりは感情的になることは減って、
さまざまなことをスルーすることができるようになりましたが、
それでも声を荒げてしまうこともあります。
しかし、自分が声を荒げてしまったことさえもスルーしてしまいます。
こんなのでも修行は進んでいるのでしょうか。
694
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/18(土) 21:36:51 ID:NXT3XNx20
>>690
そのような時は老病死などの苦が何時でも来るかもしれないと思うのじゃ。
特に老死の苦は悟りを得るまでは続くものじゃ。
死は容赦なく全てを奪うが、修行は全てを与えるものじゃ。
死は超えるのに困難であるが、修行はやり易いものじゃ。
そのように老死の苦が迫ってきた時に後悔しないように、修行するが良いのじゃ。
>>691
そうじゃ、観念は伝わるものじゃ。
しかしそれが如実のものでもないのじゃ。
他人の観念と自分の観念はどこか違うものじゃろう。
それも観察してみるのじゃ。
>>692
お釈迦様は自分の身に引き比べて殺したり、殺さしめたりしてはいかんというのじゃ。
全ての衆生は暴力や殺されたりすることを嫌うからのう。
自分が嫌い恐れる事は他人にもしてはいかんのじゃ。
>>693
進んでいるじゃろう。
それがいかんと判っていればやがてむ行いも直っていくものじゃ。
その他の手段を日頃から幾つも考えていれば、その時にもやらないですむのじゃ。
よく考えてみると良いのじゃ。
695
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/19(日) 00:12:43 ID:w3pMYdIY0
脳は使えば衰えないというのはどこまで本当ですか?
情報処理が脳にとって生物的な時間経過現象であれば使いすぎによって老化が早まる気がします
696
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/19(日) 00:31:07 ID:w3pMYdIY0
ポテチで一番美味いのはどれですか?
697
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/19(日) 17:01:58 ID:LC3de7YgO
>>694
鬼和尚、ありがとうございます(´・(ェ)・`)/
ここまで、不安や劣等感や自らの様々な感情に苦しむことから逃れたくて、瞑想をやって参りました。
座ることをしばらく休むと、瞑想に取り組む以前の状態に戻ってしまいそうな時もありますが、それに気づき、心の有り様を整えようと意識すると、おさまります。
なんか、小手先のわざだけ覚えてそのことで満足してしまい、怠け者の本性があらわれているようであります。
なんとか、がんばります。
698
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/19(日) 20:02:00 ID:V7QCtwwo0
鬼和尚
懺悔して罪が消えるというのは罪障のことで報いは自我がある限り逃れられないでしょうか?
また地獄行きの業を造っても懺悔すれば地獄を逃れることは可能でしょうか?
699
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/19(日) 21:18:02 ID:NXT3XNx20
>>695
そうじゃ、使っていれば衰えないのじゃ。
使いすぎれば衰えるのじゃ。
筋肉などと同じなのじゃ。
生体は大体そのようなものじゃ。
脳も肉体の一部であるから同じ性質を持っているのじゃ。
>>696
ノンフライじゃな。
油を使っていないから体に良いのじゃ。
>>697
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>698
報いはあるじゃろう。
しかし懺悔告白し自戒すれば報いを小さくする事も出来るのじゃ。
アングリマーラは999人殺したが、懺悔告白する事で地獄行きの罪を免れたのじゃ。
現世で人々に罵られ、石を投げられたりはしたが、それが地獄行きの代わりの報いとなったのじゃ。
そのように懺悔告白し、二度しないと誓えば地獄行きの報いも小さくなるのじゃ。
700
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/19(日) 22:06:01 ID:V7QCtwwo0
>>699
そうなのですか、報いが小さくなるとは知りませんでした
私は今のままでは地獄に行くことが確実ですので、死ぬまでに何とか地獄の解決が出来るようがんばりたいです
701
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/20(月) 03:17:37 ID:w3pMYdIY0
ノンフライ、買ってみます ありがとうございました
702
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/20(月) 20:00:31 ID:w3pMYdIY0
最近、民族的意識とか集合的無意識というものにハマっているのですが、妄想でありましょうか
703
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/20(月) 21:13:35 ID:NXT3XNx20
>>700
そうじゃ、以前には悪を行っても善によって償うならばよいのじゃ。
善事を心がけていれば報いも軽くなるじゃろう。
善事に励んで良いところに行くと良いのじゃ。
現世でも福楽が付き従うじゃろう。
>>701
どういたしまして、またおいでなさい。
>>702
あると思う者にはあるのじゃ。
無いと思う者には無いのじゃ。
惑わされないようにするのじゃ。
704
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/20(月) 21:28:34 ID:V7QCtwwo0
>>703
ありがとうございます
705
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/21(火) 05:41:28 ID:w3pMYdIY0
和尚様 ではAmazonのウィッシュリストを晒しますので和尚様の法力でそこからノンフライヤーを出してください
706
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/21(火) 14:41:05 ID:4WlRTdpI0
鬼和尚は現代日本の覚者と言われているダイジやEOについてどう思われますか?
死人禅とか面白そうなので興味を持っているのですが手を出さないほうが無難でしょうか?
707
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/21(火) 21:32:59 ID:NXT3XNx20
>>704
どういたしまして、またおいでなさい。
>>705
ノンフライヤーで検索じゃ。
>>706
悟っていないのじゃ。
金儲けに夢中のようじゃ。
自分を騙しているのじゃ。
何をしているのか自分でもわかっていないのじゃ。
死ぬ時にわかるじゃろう。
盲人が盲人に導かれると二人ともどぶに落ちるということわざもあるのじゃ。
瞑想によって起こる自分の智慧を導きの手とするのじゃ。
そうすれば少なくとも自分は目を開く事が出来るのじゃ。
そして金儲けに夢中なものがどぶにはまっているのがわかるじゃろう。
708
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/22(水) 04:35:15 ID:w3pMYdIY0
和尚様 疑問なのですが、圧倒的な市場占有率を背景に市民のプライバシーと財産を危険に晒し続ける欠陥OSを売り続けるマイクロソフトにも因果の報いは訪れるのでしょうか
私も先日ここのOSを購入しましたが、プレイしようとしているほとんどのゲームがWindowsOSでしか動かないためであり、消費者の目で他社製品と比較して優れていると考えたわけではありません
どうせ致命的なバグにより誰もが私のPCを操作できるようになると思っていました
709
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/22(水) 04:37:52 ID:w3pMYdIY0
ちなみに消費者としてOS買い替えを検討していたその時の私にとってMSの存在は苦そのものでした
710
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/22(水) 12:03:37 ID:7rD9T5220
鬼和尚、
スッタニパータの第四 八つの詩句の章の四、清浄についての八つの詩句について、お教えください。
788 「最上で無病の、清らかな人をわたくしは見る。人が全く清らかになるのは見解による」と、このように考えることを最上であると知って、清らかなことを観ずる人は、(見解を、最上の境地に達し得る)智慧であると理解する。
789 もしも人が見解によって清らかになり得るのであるならば、あるいはまた人が智識によって苦しみを捨て得るのであるならば、それでは煩悩にとらわれている人が(正しい道以外の)他の方法によっても清められることになるであろう。このように語る人を「偏見ある人」と呼ぶ。
790 (真の)バラモンは、(正しい道の)ほかには、見解・伝承の学問・戒律・道徳・思想のうちのどれによっても清らかになるとは説かない。かれは禍福に汚されることなく、自我を捨て、この世において(禍福の因を)つくることがない。
ここで、いくつか「見解」が出てきますが、788の「見解」と790の「見解」は矛盾するように思います。788と789の「見解」は「観察」ではないでしょうか?
あと、これら3つの詩句の解説もお願いします。
711
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/22(水) 21:29:15 ID:hkx4Bhrw0
>>710
それは正しいのじゃ。
つまり見解によって悟りを得る事は無いということなのじゃ。
788 で「人が全く清らかに成るのは見解による」と考える者は結局間違っているのであるというのじゃ。
789ではそれが間違いであり、偏見ある人でしかないと解説しているのじゃ。
790で見解や知識や思想等では悟りは得られないと明言しているのじゃ。
全てその通りなのじゃ。
見解や知識思想信条主義主張などでは悟れないのじゃ。
観察によって自我に気づき、厭離する以外に悟りに至る方法は無いのじゃ。
サマーディによっても結局は自我を観察する事になるのであるからのう。
712
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/23(木) 12:09:50 ID:qYQvs9ck0
>>711
789は788を指していたのですね。
先入見があり、正しく読めていませんでした。
ご指摘ありがとうございました。
続けてで恐縮なのですが、同じくスッタニパータ第三 大いなる章の12 二種の観察 での言葉の意味をいくつか解説してください。
(まとめの句)
真理(諦)と、生存の素因と、無明と、諸々の形成力と、第五に識別作用と、接触と、感受されるものと、妄執と、執著と、起動と、諸々の食と、動揺における震動と、物質的領域と、真理と苦とで、十六である。
この中で、生存の素因、諸々の形成力、妄執、起動、諸々の食、動揺における震動、物質的領域がそれぞれ何を指すのかお教えください。観察のヒントにしたいと思っています。
あと、心の解脱と智慧の解脱が出てきますが、これらについてもお教えください。
713
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2015/07/23(木) 20:59:57 ID:NXT3XNx20
>>712
生存の素因は執着なのじゃ。
諸々の形成力とは行とも言われる分別なのじゃ。
妄執とは妄想に対する執着なのじゃ。
普通の執着のように金銭とか女子とかの確固とした対象が無く、自らの妄想によって思考が混乱し、その妄想を捨てられない状態なのじゃ。
起動とは心の働きが縁によって起こる性質がある事を示すのじゃ。
連想記憶と同じものなのじゃ。
一つの対象による刺激があれば、他の記憶が次々に起こる心の働きそのものなのじゃ。
諸々の食とは普通に食べる食料の他に、目鼻耳舌皮膚等による刺激の教授でもあるのじゃ。
それらの感覚刺激は肉体の食事と同じく、感覚による自我の生存を起こすものであるからそういうのじゃ。
動揺における振動とは刺激を受けて起こる全ての心の働きなのじゃ。
物質敵領域とは肉体を持つ存在が生存するこの娑婆世界なのじゃ。
心の解脱とはサマーディなどの強い心の集中によって起こる悟りなのじゃ。
智慧の解脱とは集中力は少なくとも、師匠に教わった観察などの智慧による悟りなのじゃ。
714
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/24(金) 01:23:43 ID:iRWtHi2Y0
鬼和尚なんでこんなに難しそうな質問に答えられるの?
何者ですか?
715
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/24(金) 01:29:11 ID:w3pMYdIY0
和尚様は以前、ゴキブリを何故怖がるか分からないとおっしゃっていましたが、それは悟られる前からそうだったのですか?
先ほど机上のブックスタンドの数冊の本の上をページ数にして15枚程度の大きさのゴキブリに似た黒い虫がゆっくり縦走しておりまして
裁断部分が滑らかな本の上に来たところをコースターの裏で恐る恐る叩き殺したのですが、その虫は足が少々長く、本体が地面から浮いており
形は全体的に丸く、中央の羽の隙間部分が尖っており、色はかなり黒いのでゴキブリだとすると割合珍しい種類だと思います
死体を目の前にしてもなお、普通の甲虫だと思うと怖くなく、ゴキブリだと思うと恐怖が湧きます
ただの思考のプログラミングでこんなことが起きているとしたら不都合であります
716
:
避難民のマジレスさん
:2015/07/24(金) 12:55:10 ID:BwDSqr2o0
>>713
分かり易い解説をしてくださり、ありがとうございます。
追加で一つ質問があります。生存の素因は執着とのことですが、二種の観察ではお釈迦様は別に執着を説いています。これは苦の原因の例が執着であることを言葉を変えて繰り返し示したいうことなのでしょうか?
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