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鬼和尚に聞いてみるスレ【1】
521
:
避難民のマジレスさん
:2013/09/08(日) 12:38:57 ID:WL2yRwjAO
『戦国一統記』に出てくる明智光秀は子供の頃、「何故大人達が、意志を持たず、死人のごとく、ただ操られるように動いているのか不思議」に見え
「ただの石ころを玉と崇める人の世の虚偽」を疎み
仏門に入るが、満足出来ず、戦国の世をその身で知る決意をする。
戦国の権謀術数の世を生きるうちに彼は己の自我が戦乱を求める獣性と秩序と安定を求める傾向性に分裂している事に気が付く。
信長を殺害したのは、自我の分裂から逃れ、「一統」を実現する必要があった為であったと言う解釈がなされている
この光秀の心理描写や行動の分析は秀逸で、現代人にとっても非常に共感出来ると思う。
物心ついたばかりの年の光秀にはこの世が遊戯にしか見えなかったし
何故遊戯に大人達が必死になっているかわからなかった。
この描写よく解るが、そんな自分も光秀も、いつのまにか
「天道、人為、歯車」によって動く世の操り人形の如く、死ぬ思いでゲームをしている。
光秀は織田信長に変わり歯車の向きを変えようと言う意志を明確にし
動き出した訳だ。
あの作品で信長は神と見なされるが信長には自我の分裂が殆ど無く
戦乱統一の事しか考えていない。
それゆえに滅びの道を行くしか無かったとも言える。
もし、光秀や信長が、自我を消す事が出来たならば、どうなっていたのだろう
戦国武将の中には、ある時悟ってしまい戦国武将をやめた人もいるんだろうかな
歴史ドラマ的には負け組扱いだが、彼ら無名の覚者は本当の勝利者なのかもしれん
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