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☆☆☆京産大新構想 第5章☆☆☆

162名無しの京産大生:2016/12/28(水) 22:41:43 ID:upuLkVEw0
二代目の学長先生を否定する意図では、無いです。大功績者です。あれだけの短期間に京都産業の財務基盤を強固にしたのは、やはり、功労者。晩年は、明らかに高齢でした。しかも、その時期に立命館さんや龍谷さんが、京都産業の成長に刺激を受けられ、様々な改革を打ち出していた時期ではありました。京都産業の創立においては、時の権力者とパイプを持つ保守勢力もサポーターになっていましたが、具体的に大学を作るまでの資金はそう簡単に確保できるものでは、ありません。そりゃ、何の前身も持たない訳ですから。でも、学生運動に染まっていない、保守系の実質的な教育を受けられる大学を願望する高校や一部実業界から資金を提供してくださったことで目処がついて現実化して、大学が設立できました。もちろん、それを京都に創立していることに意味があります。一瞬で異例的に総合大学化できたのも、大学当局とサポーターの尽力で達成したものでしょう。また、この保守系の大学を応援しようという実業界の好意的な気運もあり、バイタリティ溢れる先輩方の頑張りと相まって、良好な就職実績につながりました。しかし、ベルリンの壁崩壊後、東西冷戦終結とともに、各大学が徐々に保守化しました。そして、バブル崩壊後の就職氷河期に最も影響を受けました。何故なら、難易度の近い他の同ランクの大学より、就職が良かったからこその逆落差です。そして、これも、重要なところですが、京都産業のピーク時、具体的には、各大学が臨時定員増をする前年までに、京都産業に一般入学した今、46歳から50歳位の人達でいわゆる大阪府立の二番手校出身者を満足させる中身では無かった(特に他の同ランクの大学と比較して悪かった訳では無いものの、期待値が高かった部分もあります。)ことにより、何もわざわざ、通学が若干不便なところを乗り越えて、受験しなくなってしまったことです。京都産業のピーク時は、大阪府立の進学校が、合格者ランキングに結構入っています。つまり、受験生のレベルが、ある頃、急激に下がりました。そりゃそうです、就職のアドバンテージが無くなり、かと言って特段の教育環境でも無い、新興の中堅私大という位置付けになる訳ですから、また、立命館さんの影に隠れがちですが、京都産業の急成長に龍谷さんも、必死のパッチで対応され、文系大学を総合大学化しました。入試日程の件も、知っている人はご存知だと思います。さらに、一番恐れていたのは、全体の学生数が多い近畿大学さんとの相対的位置関係です。これ以上は、言うまでも無いでしょう。そのことにより老舗の単科系大学の格好のターゲットになります。一番頑張らないといけないという視点が、随分甘かったと思います。しかし、時計の針は戻りませんから、今の状況で最善手を打つしかありません。文系の好立地移転、各方面に支えられながらの悲願の学部設置(特例が認められた時は、いつまでも、その恩を忘れない。認められなくても)などは、解りやすいですが、それだけでなく、社会貢献型の研究をさりげなく、小刻みに打ち出しているのは、諦めていない証拠と思われます。坂井先生から以降は、危機意識は、強くなっていると見えます。頑張って欲しい。




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