レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
◆◆◆京産大新構想 第3章◆◆◆
-
初代学長(総長とも言う)時代には世界中からノーベル賞受賞者や各界の世界的権威を学内に招き
学生に一流の考え方に触れる機会を提供していた。情報化時代の到来をいち早く予見し、当時は国内最速のスーパーコンピュータを
多数設置、計算機科学科でも一流の講義を展開した。物理学は荒木先生の弟子たちが京都大学から多く来たこともあり
その教育水準は設立当初からかなりレベルが高かった。荒木先生の京都帝国大時代の教え子に湯川秀樹氏、朝永振一郎氏がいる。
設立2年目には外国語、法、経営を設置し、一気に総合大学になり、20年も経つころには学生運動で低迷を続けた立命館に
肉薄した。何もしなくても初代学長の実績で学生が集まる受験バブルが続く。
しかし追い上げられたことに危機感を募らせた他私大は、矢継ぎ早に改革を打ち出し始めた。それとは逆に本学は全く何もしていない。
工学部と文化学部を設置したくらいで、他の私大がいち早く女子受験者に訴求力のあるキャンパスアメニティを構築するなかで
建物は古いまま。キャンパスイメージに動かない大学を見て取ったのではないか。ちょうど文化学部を設置したころから偏差値は
易化の一途を辿り、1990年代に関大立命に文理とも3〜5まで迫っていた偏差値も、いまや8〜10近く話される始末だ。
1993年のデータを見せてくれてよくわかった。外国語学部の言語学科でさえあれだけの人気を持っていた時代があったなんて。
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板