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お気に入りのローマ皇帝
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いま半身浴の友にしているのはオスマン朝の本(講談社現代新書)なので、そこまで詳しく
書いてはいなかったのですが、マラズギルドの戦いにおけるビザンツ側の敗因に、ムスリム
というか、トルコ系の傭兵がかなりいたことがあると思うので、ルーム・セルジューク朝が
成立した頃には何かしら共通する文化なり、原語なりいろいろ形成されていたのだと
思います。
基本的に、ムスリム国家ではキリスト教でもユダヤ教でも許されていたわけですし、商業
だったり旅だったり、もちろん戦争だったりを通じて、交流はあるわけですよね。
そうして、ビザンティウムは通商上の要地であり、衰退しつつあるとはいえ、絢爛たる
文化の花であるわけで、小アジアまで進出が叶えば海峡をはさんで目と鼻の先ですものね。
やっぱりものすごく惹かれると思うんですよ。
あとはついでに言えば、トルコ民族は9世紀くらいまでは中央アジアにいました。彼らが
シリアや小アジアといった中近東に進出してくるのは、アッバース朝が衰退に向かった頃
からですよね。ゲルマン民族の大移動みたいなものかなあ、とか。
全然、ウマイヤ朝やアッバース朝時代にコンスタンティノポリスを征服できなかった理由
の説明になってないですけど。
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