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エスペラントと日本国憲法の平和理念

73KamelioJapana:2008/05/03(土) 19:23:42
時間が無くてそのままになっておりましたが、社会民主主義者の私が何故「共産主義」という
用語に拘るか、続きをお話しましょう。

語源的には、確かkomunismoの方がsocialismoよりずっと古い概念だと思います。
人類が樹上から降りて二足歩行を始めた時から厳しい環境にさらされる中で多くの共同体は
komunismoを余儀なくされました。人類は狩猟採集生活時代の長きに亘って獲得物を共に
分け合って生活を営んできました。次の様に言い換えても同じことでしょう。

「共有財産制を採用できなかった種族はダーウィンの法則を待つまでも無く自然淘汰により
滅び去ってしまった。」と。

「共産主義」の用語に最初に恐怖を与えられたのは、封建制度が崩壊寸前でそれまでの決して
社会の主流にはなれなかった商品生産とその流通が歴史の表舞台に出てきた時からです。
この過程で私腹を肥やすことが出来るようになった当時台頭しつつあった新たな社会の支配者
たちは私有財産制度が絶対王政時代の王権神授説同様に神聖不可侵なものとして社会に定着させる
ことに成功したのでした。
勿論、本質的には商品の等価交換を保障し資本主義的生産の原動力の前提となるもので歴史が要請
するものでした。
マルクス・エンゲルスが1849年に第一インターの指針として著した「共産党宣言」はこの事を明快
についています。しかし、その後は多く支配者階級によって社会に流布されていた「共産主義」
に対するイメージ、従って社会的にマイナスな風評を避けるためと過激派との混同を避ける意味でも
当時の啓蒙主義者が好んで用いていた社会主義という用語を多く用いるようになりました。

勿論、多くの共産主義者や社会主義者は当時の有産階級が恐れ宣伝したような私有財産の否定を
掲げた訳ではありませんでした。他人の労働を搾取する生産手段の社会的所有を主張しただけでした。
すいません。用事が出てきました。また、後で。。。


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