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エスペラントと日本国憲法の平和理念

72KamelioJapana:2008/05/03(土) 14:48:44
>71
その通りです。
私は中国本土には文通相手は今のところおりませんが、香港の同志には以前その話をしたことが
あります。

中国本土のE運動に関する情報ですが、この際、私の状況分析を述べさせて頂きますと:
中国本土のエスペランチストは、所謂、インテリやエリートがまだまだ多いのですが、絶対数
としては政府の支援もあってか、一般大衆の間でも幾分かの広がりを見せています。

しかし、彼らが独自で組織運営をするとなると資金的には相当の苦労がいるでしょう。

中国政府がEに対して好意的で資金提供も惜しまないのは皆様もご存知だと思いますが、早くは
1911年の辛亥革命の以前から民族自立や中国社会の民主革命を担う活動家の少なからずの
人たちがエスペランチストであったという紛れも無い事実です。彼らは長きに渡って主にその
文芸活動を通じて混乱の極みにあった中国社会の中で啓蒙活動を粘り強く展開してきました。
そしてその代表的人物には無政府主義者が多かったのですが、後に中国共産党員やそのシンパ
となって後の中華人民共和国の誕生に寄与した人も多数いたわけです(外国人エスペランチスト
である長谷川テルやV.エロシェンコの様な人物もいた)。

この事実からエスペランチストを根こそぎ弾圧したスターリン路線を支持していた毛沢東ですら
中国のエスペランチストによっていつも引き合いに出された「Eが革命に寄与するものであれば、
それを支持すべきであるし、全面的に支持しなければならない(私の記憶による)」という言質
さえ残したのでした。
この点で、中国の革命はソビエト革命の様に比較的短期間に、しかも実質的には極少数の指導者の
下で都市の比較的数の限られた兵士と労働者の蜂起によって行われたものとは異なっています。
ソビエトのE運動が開花したのは、むしろ革命後、社会主義建設の理想に燃えた一時期でした。
これが、後に尽くソビエト当局(ソビエト=労兵評議会も革命の初期の段階で内外情勢により
有名無実化していた。)によって裏切られていったのはご存知の通りです。

話は戻しますが、東欧諸国の共産党政権が軒並み崩壊した後、当地のE運動は財政的支援を失って
大変な危機に陥りました。しかし、ある意味で当局のコントロールの下に置かれていたE運動で
あっても残された基盤は、一時的に英語に走った者の、特に若者の未だ一部ではありますが
E運動に復帰させるだけの既に強固なものを獲得していました。

今、中国のエスペランチストは歴史的とも言えるジレンマに陥っているのかも知れません。
当局の援助なしに自分たちが独り立ちできるのかと。。。マダマダ外国旅行もままならない
彼らにとっては政府の援助は喉から手が出る程欲しいに違いありません。
しかし、このまま共産党政権が既に時代遅れとなってしまった民族主義政策やその独裁政権ゆえに
社会主義国であるという主張を続け国際基準の民主主義をも拒み続ける限りエスペラントの理想とは
益々かけ離れて行かざるを得ません。

これは、中国のエスペランチストのみならず中立主義を掲げる世界のエスペランチストたちにとって
も頭痛の種であり、暫くこの頭痛は続くでしょう。


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