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エスペラントと日本国憲法の平和理念

299KamelioJapana:2009/03/14(土) 08:06:35
>あなたの中では、人間には「平和主義者」と「戦争主義者」しかいないんですかw
なんというか、凄まじい人間観ですなw

貴方が本当に私がそういう単に二元論的人間観を抱いているかどうかの判断を単にesperoさんとの
論争の一部を捉えてそういう結論を出しているなら、貴方の論理性を疑わざるを得ませんね。
それとも、これも意図的で、下記の記述の様な中立主義的な立ち振る舞いの裏では、所謂、貴方も
自由主義史観のシンパなのですかね。
其処のところは、ハッキリさせて頂きたいですな。

>自分はどちらでもない人間ですな。平和ってのは「目的」、戦争ってのは「手段」です。
平和って結局、「世界が平和だといいな、よし、平和になるためにがんばろう」っていう
目的なわけじゃないですか。
戦争は何らかの手段でしょう。それが「侵略」である場合もあれば「自衛」の場合もあるけど。
自分が手段である「戦争」を信奉するはずがないのは当然のこととして、「平和主義者」でも
ない理由はそもそも「平和」が自分の中で、「改めて認めるまでもない当然の価値」だからに
他なりません。

論旨がよく分かりませんが、
そんな単純なものなら人類はとっくに戦争の無い世界を築いていますよ。個々の人間の平和の
願望が自分の属する集団の生活の維持と複雑に結びついて、換言すれば、貴方の言うように
「目的である平和」のために「手段である戦争」が繰り返されてきたのが人類の歴史なのですよ。
貴方のいうほんの一部の芸術家を除いて初めから、進んで自分の命を賭けた戦いに好んで行く
人はおりませんよ。
従って、個人レベルでは「改めて認めるまでもない当然の価値」が何故、集団のレベルでは、
戦争へという行為へ個人が駆り立てられるのかが根本的な問題なのです。
これまでの戦争の殆ど、特にパリ講和以来侵略戦争否定が世界的な潮流となってからは、日本の
「大陸進出」からブッシュの「イラク戦争」まで総て防衛のため、すなわち「自国の平和のため
の戦争」だったことを考えて見なければなりません。
それが、結果的に平和どころか集団の破滅の危機を何度も招いた歴史を振り返ってみるべきです。


>理由は他にもあります。わざわざ「平和主義者」を名乗らない理由は「平和」って言葉そのもの
がもつ、誰にも反対できないある種の「響き」が、改憲議論にしても護憲議論にしても邪魔になる
からです。

裏を返すと改憲を意図する勢力が「イザトなれば戦争を是とする(已む無し)」ということを前提
にしているから平和と言う普通の言い方が邪魔なのです。


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