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危ない大学・消える大学(島野清志著)について語ろう!
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大学の括りは、なぜ生まれたか⑥
:2019/08/16(金) 14:42:03
◆大学は自らの価値を「きちんと」発信せよ
ここでは大学の括りで得する大学、損する大学について。またブランディングの観点から、大学の括りを考察していきたい。
ブランディングのなかで「括り」はどのような意味づけを持つのか。またその「括り」を脱するためにどのような発信が必要なのか。今までの調査で、「MARCH」をはじめ「日東駒専」「大東亜帝国」など、色々な括りについて調べた。これらの多くが「螢雪時代」をはじめとする受験メディアや予備校によって作られたものであることがわかった。
文筆業を仕事にしている筆者からすると、一番興味があるのは、このような「括り」が、何の目的で特定の大学をブランディングするために作られたのかどうかという点である。しかし調べた「MARCH」「日東駒専」「大東亜帝国」などにおいては、そのような事実は発見できなかった。特に誰かが特定の大学のブランディングを意図してこの括りを流行らせようとしたわけではなく、語呂がいいことがあって、徐々に流通していったとみて間違いないだろう。
ただし、近年、MARCHに学習院大学を加えて「GMARCH(ジーマーチ)」という呼び方も一部では使われている。それ以前にも、上智大学を加えて「JMARCH(ジェイマーチ)」、日本大学を加え「NMARCH(エヌマーチ)」などのフレーズが生まれては消えていった。これらの新しい括りに関しては、誰かの何らかの意図が加わっていた可能性は否定できない。そのグループに入ることで得するという思惑があっても不思議ではないからだ。
括りは大学主導ではなく、予備校などによって作られるのは象徴的なことだ。そして一度、その括りに入れられてそれが定着してしまうと、大学関係者が言うところの「入れ替え戦のないリーグ戦」を戦い続けなければいけなくなってしまう。大学側がいくら努力しても、世の中の評価は変わらない。それでは、健全な競争は生まれない。
◆知られざる「実力のある」大学たち
これら現在の大学の括りは校風ではなく入試の難易度によって決められている。その難易度はいわゆる偏差値によって決められる。終身雇用制という決められた価値観が一般的だった時代には、偏差値はある程度の指針になり得た。大学選びが会社選びと直結していたからだ。
そのような時代においては、これらの括りは、受験生の大学選びの指標になるすぐれたキャッチコピーだった。受験メディアや予備校がこれらを作ったのはそれなりに意味があったのだ。
しかし価値観が多様化し、どんどん大学入学者が減っていく時代において、このような括りはどんどん意味を持たなくなっていくだろう。
そもそも偏差値とその大学が持っている本来の価値は必ずしも一致しない。無論、学術関係者や専門家の間では、その実力は知られている大学かもしれない。また、その地方では評価が高く知られている大学もあるだろう。
しかし全国規模でみれば「早慶」「MARCH」「日東駒専」「大東亜帝国」、この4つの括りを除くと、ほとんどがその価値をきちんとアピールできていない。この4つの括りにしても、メディアが勝手に持ち上げてくれているお蔭でバリューが保てている側面が大きく(中には現在の実力以上に評価されている大学もある)、自らその価値を発信できている訳ではない。
予備校やメディアからは偏差値で括られて、本来持っている実力よりも低くみられて、その他の大学は悔しくないのだろうか。もっと自らの価値をきちんと発信しようとは思わないのだろうか。
18歳人口の減少で、近い将来、潰れていく大学がバタバタと出てくることが予想される。そんな中で生き残っていくには、それぞれの大学が古い価値観を基にメディアや予備校が作った「括り」を打破していく必要がある。
旧来の価値観に縛られた大学の序列はなかなか変わらない。「早慶」「MARCH」「日東駒専」「大東亜帝国という大きな4つの括り、大きな固定概念を覆せれば、硬直化している世の中の価値観を大きく変えていくことに繋がるのだ。
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