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Jーハウス@キリスト教会について語る
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名無しのひつじさん
:2005/10/01(土) 17:15:09 ID:AOW3WgvU
エヴァンジェリカル(福音)主義は見えない教会 ・霊の教会に注目し、草の根運動的に発展してきた。 エヴァンジェリカル(福音)主義の超教派的特性は見えない真の教会に注目する結果である。 つまり、エヴァンジェリカル(福音)主義は、目に見える教会と共に、本当の信仰者によってのみ構成される目に見えない教会をも尊ぶ。聖書観は保守的で聖書は無誤と考えるが、ファンダメンタリズムのように無謬無誤性を前面に押し出すことはしない。そうではなくて、大切なのは霊性であり、クリスチャンとしての成熟であると考える。だから、 文化と文化により育まれた人間とに対して心を開いているかどうかが、エヴァンジェリカル(福音)主義とファンダメンタル(根本)主義とを識別する試金石となる。 換言すれば、エヴァンジェリカル(福音)主義は福音を述べ伝えるフィールドである文化に注目し、現代人にとって最適な福音伝道のあり方を模索する。また、自由主義と根本主義が近代主義の呪縛から抜け出せないでいる一方で、エヴァンジェリカル(福音)主義は時代を先取りしていく傾向がある。 そもそも、聖書に科学的歴史的な誤りがあるかないかという議論自体が近代主義の産物にすぎない。これに対して、エヴァンジェリカル(福音)主義では、聖書は信仰するわたしたちにとって完全であり、神のことばであると考える。だから、聖書を通して霊性を深めていこうとする。 ここに、エヴァンジェリカル(福音)主義の最大の長所がある。
一般的に言って、日本の神学校はアメリカの神学界に多大な影響を受けている。一部の自由主義的な神学校はドイツの神学校をその模範とするが、多くはアメリカに目を向ける。ここ一、二十年で神学界の中心はヨーロッパからアメリカに移った観はどうしても否めない。実際に、ヨーロッパで教鞭を執る多くの優秀な教師がアメリカにやってきて、神学を深めようとする。しかも、アメリカ国内の多様性は驚くばかりである。実践主義であるながらも、知識に対して払われる敬意はとても高い。これに対して、日本の神学校は硬直化しているといえなくもない。福音主義を自称する日本の神学校は、エヴァンジェリカル(福音)主義の特徴である開放性を失い(それとも初めからないのか?)、離れ小島に村社会を作っているという批判さえ聞こえてくる。福音主義的立場から言って、神学はある緊張状態の中で発展されるべきものなのに、守ることばかり考えているならば、それは福音主義ではなく、根本主義である。実際、日本の福音主義を自称する神学校の中には、エヴァンジェリカル(福音)主義の特徴を全く有していないことろさえある。要するに、日本にはエヴァンジェリカル(福音)主義に立つ中間層の神学校が皆無であるといってよい。少なくとも修士 号が所得できる、エヴァンジェリカル(福音)主義に立った神学校の建設が早急に必要である。これなくして、日本の神学界の健全な発展はありえないと信ずる。
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