したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

日本茶掲示板同窓会

24キラーカーン:2017/02/15(水) 23:42:38
4.2.1. 小泉以後の自民党政権
 小泉首相が5年間の任期を全うして2006年9月に総理・自民党総裁の座を降りた。首相の個性が政権のイメージに直結するという点では、小選挙区制の申し子というものであった。また、「刺客」など「自分(首相)対敵」という構図を巧みに作り上げ敵対者をつぶしていったという点もその流れに沿ったものであった。言い換えれば、小泉政権とは「55年体制の『終わりの終わり』」というものであった。

 これは、細川政権下で導入された小選挙区制により、各選挙区で政党は1名しか公認を出せなくなった結果、「1対1」の対決の構造に持ち込みやすくなり、「タイマン」が得意な政治家(「対決型」や「劇場型」政治家とも言われる)にとっては都合のよい選挙制度であった 。
また、小選挙区制導入に伴い、各選挙区で自民党候補が1名となることから、自民党の派閥が「党中党」として、個別に選挙戦を戦う事が不可能となった 。その結果、候補者の公認などにおいて、自民党の各派閥より自民党総裁への権限集中をもたらすこととなったため、小泉氏の後を襲った安倍晋三氏及び福田康夫氏はそれまで言われていた首相候補と認められるための条件を満たすことなく、内閣官房長官経験を足場に首相の印綬を帯びることとなった 。このことは、首相(「官邸」)権力の強化、或いは日本政治の「大統領制化」というものが進行していることの証左となる。

 小泉内閣以降、自民党に対する風当たりは強く、閣僚の失言等で大臣が辞任に追い込まれることもしばしばで有り、安倍内閣では松岡農水大臣が自殺に追い込まれている 。

4.2.1.1. 安倍内閣
 任期満了で「余力」を残して退陣した小泉首相から禅譲の形で安倍晋三氏が首相の座に就いた。安倍氏の政治家としての主な経歴も閣僚では内閣官房長官、党務では党幹事長という経歴で首相に就任した。幹事長はともかく、入閣経験が官房長官 の1度のみで首相の座に就いた という点は、日本国憲法下では異例中の異例である。また、戦後最年少総理で有り、初の戦後生まれの総理でもある。
 安倍総理は右派の政治家としてのイメージが強く、総理就任後も「戦後レジームからの脱却」といった右派的「脱戦後」を目指していた。そのため、「リベラル」勢力(特に朝日新聞等の左派マスコミ)からは敵視され、その影響は第二次安倍内閣となっている現在にまで続いている。
 安倍政権において郵政民営化問題で小泉首相と対立し政権時代に自民党籍を失った議員を自民党に復党させたことは「小泉改革の逆行」であると批判を受けた。失言等により、農水大臣が短期間で何人も交代するという自体に成り、2007年の参議院選挙で敗北し、当初は続投の意思を示していたが、結局辞任に追い込まれた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板