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小沢民主党は加藤憲政会のように「苦節十年」となるか

1キラーカーン:2008/09/10(水) 22:37:58
 福田首相が辞任表明をして、総裁選モードになっている自民党のあおりを受けて、あわててマスコミ対策を打ち上げている民主党ですが、小沢党首の「威光」を恐れて無投票にした党首選がそもそもの原因ですので、「身から出たさび」といったところでしょう。

という訳で、お題は表題の通りです。

 第二次大隈内閣の与党だった同志会(後の憲政会、民政党)を主体としたは対華21か条などの「失策」により、党首の加藤高明(第二次大隈内閣の外相)も含めて「政権担当能力」がないとみなされ、原政友会内閣が原首相の暗殺後、弱体化して政権担当能力が疑問視されても、元老西園寺が加藤憲政会に政権担当能力がないと判断していたため、なかなか政権の座が憲政会に回ってきませんでした。

 その中で、いわゆる第二次護憲運動のさなかに行われた総選挙で憲政会は第1党となって、加藤高明は「苦節十年」を経て与党に返り咲きます。
 首相となった加藤は普通選挙法や治安維持法の制定など、加藤憲政会が政権担当能力を持つことを実証し、その後の2大政党制による政権交代といった「民主政治」が当時の日本においても可能であるという歴史的実績を作りました。そのため、護憲三派連立内閣が崩壊して、加藤首相も含めた閣僚全員の辞表を提出した際も、加藤の辞表は受理されず、加藤憲政会単独内閣が発足します(この憲政会単独内閣は、かつて第二次加藤内閣とも言われていましたが、最近では第二次内閣ではなく「連立崩壊による内閣改造」とされているようです)。

 小沢民主党は加藤憲政会のように「試験」に合格して、政権担当能力がある政党とみなされるでしょうか、それとも、試験に落ちて、自民党政権の延命に手を貸すでしょうか。それは、遠からず行われる総選挙とその結果組織される内閣の実績で明らかになります。

自民党からみた考察は、またの機会に


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