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食べ物、飲み物の館
16
:
S
◆KMyTcmL3ws
:2006/01/16(月) 00:10:01 ID:18UUODG.
ピカソなど良い例だと思う。
彼の絵はキュビズム等に代表されるように一見子供の絵のように見えるが、とんでも無い。
彼は10代の時にデッサンをすでに完璧なまでにマスターしていたのです。
今も保存されている足首のデッサンなど、とても10代の作品とは思えないすばらしい描写力。
そう言う”心の透明フィルター”というバリエーションの一つの基盤がしっかりと彼の根底にあるが故、彼が何を表現しようが、線を一本引こうが、人に対して圧倒的に、彼の絵の”説得力”が迫ってくるのだと思うのです。
そこが、子供の絵との大きな違い。児童絵画を揶揄するのではまったくない事は理解頂だけるとは思いますが。
そこには、「きれいに描こう、うまく描こう」という操作は一切介入しない世界。
それは、詩の世界、文学の世界、音楽の世界にも通ずる物があると思います。
自然には、綺麗な砂紋、上手な夕日、うまい雲等存在せず、ただそこにあり、それだけで圧倒的に美しい。
つまり、綺麗に、美しく等と意識した創作は全く美しくないという事。
美しい言葉?… 星、心、優しさ、愛、友情、絆、切り無いけれど。
いくらそれらを並べても、安っぽい歌謡曲の歌詞みたいで美しいとは一切感じない。
昔の絵画は、これでもかと言うほど絵の中に美しさを詰め込んだ。美しい女性、風景…
見る人は、絵からの美しさに心を打たれ感動した。何が描いてあるのかに価値を追及した。
現代の最先端のコンテンポラリーアートになると、美しさは、作品にあるのでなく、見る者の心に求められる。
透明な心のフィルターのバリエーションを会得した作家が、何気ない道路のゴミを作品として展示すると、圧倒的存在感が会場を埋め尽くし、見た人に感銘を与える。しかし、心の貧弱な観客は作品がそこにある事さえ見落とす。
油絵等での、スーパーリアリズムが世に問われたとき、人々は、度肝を抜かれ感動した。
写真は常日頃見ているにも関わらず、その写真のリアルさには全く感動すら起こさないのに。
人々の心のどこを突くか… ”どこを…”それによって人の心は大きく躍動し動き出すのではないでしょうか。
アートの定義、私は、”物をいかに存在させうる事が出来るかを追及する事”だと思っています。
これが私の死ぬまでの大きなテーマの一つとなっています。
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