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10春田の蛙 ◆j/aD5mpE9Y:2006/07/12(水) 16:26:13
で、本題に戻りますが、数学で用いられる抽象概念も、元々は日常の具体的なモノを、ある断面から切り取ったものに過ぎません。
例えばプロペラを想像してみて下さい。回転しながら進むプロペラの先端は、螺旋を描いています。

真横から見れば、プロペラの先端は上下に動きながら進む波です。
次にプロペラを正面から見る。プロペラの中心を通る直線と、プロペラの角度で、直角三角形を作れるでしょう?
それで、こうした波を「正弦(サイン)波」「余弦(コサイン)波」などと、置き換えて考えられる訳です。

要は、数学が分かりにくいのは、その概念が私たちの日常とは、ちょっとかけ離れてるからだと、本書では指摘されています。

> 数学の世界は日常の世界とは違う別世界なのである。
> 証明問題でよく現われる「ゆえに」とか「〜した結果」などというカタ苦しいことばや、
> 「微分」とか「積分」のように日常生活では
> ほとんどお目にかからないことばで成り立っているのが、数学の世界である。

> そんな世界のことが、はじめからわかるわけがない。
> 「わかる」と言う方がどうかしているのである(それが天才という人たちである)。

> では、「数学のことばがわからない」というのは、いったいどういうことなのだろうか?
> そもそもことばというのは、概念に貼り付けられたラベルのことである。

> 私たちは、概念にラベルを貼り付けて初めて、その概念を理解することができる。
> つまり「数学のことばがわからない」というのは、
> 『日常の世界からあまりに遠く離れた世界の概念なので、ラベルを貼り付けられない』
> ということなのである。

> 「微分」「積分」ということばは、数学の世界の中で
> そういう概念を思いついた数学者達が貼り付けたラベルである。
> 数学者にしてみれば、そういう概念を思いついたから、
> それにふさわしいラベルを貼り付けた、というにすぎない。

しかし、それは、私たち日常の世界に住む人間には、まったく関係のないことである。
> そんなこと『知ッタコッチャナイ』のである。

> 自分とは縁もゆかりもない別世界でおこなわれたことを、なぜ理解しなくてはならないか?
> 「数学がわからない」「微分・積分がわからない」というのは、
> そういう感情からくる、至極もっともな反応なのである。

著者はこのように述べて、数学は「まず日常の世界との結びつきを見つけて、それを手がかりに理解」していくことを勧めます。
「日常の生活感覚に引きつけて考える」例として、
たとえば微分・積分では、お金のやりくりに引きつけて考える喩えを挙げてるんですね。

> (こうした場合)気になるのは、つぎの2点である。
> (1) 財布からいくら出ていくか?
> (2) 財布の中にいくらあるか?

> この(時間とともに)「財布からいくら出ていくか?」が微分の概念を、
> 「財布の中にいくらあるか?」が積分の概念を表しているのである。
> 要するに、時間とともに変化する何物かがあって、
>  「どれだけ変わっているか」に着目するのが「微分」
>  「ぜんぶでどれだけあるか」に着目するのが「積分」
> という概念なのである。

先ほど脇道で例に出した、量子力学が分かりづらいのだって、そこで使われる抽象概念が、日常と乖離しているからです。
そりゃ三角関数とか微分・積分なら、量子力学に比べたら、遥かに日常との取っ掛かりは見つけ易いけど、それでも下手な例で取っ掛かりを示すと、返って分かりづらい。

その『悪い説明』の見本が、実は先に示した『電柱と山の高さ』だと、「直観でわかる数学」では指摘されています。


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