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放送大学テレビでアラビア語講義
103
:
さーひぶ。
:2011/05/14(土) 17:25:59
【イスラーム世界の歴史的展開('11)⑤】
第5回 交流するイスラーム世界:12-15世紀(5月7日放映)
〔十字軍、アイユーブ朝とマムルーク朝〕
十字軍というと「キリスト教VSイスラーム教」という図式で見られがちですが、
ローマ教皇(ローマ=カトリック教会)の呼びかけで「聖地の奪回」をめざした十字軍は
イスラーム世界にあるキリスト教の東方諸教会の教区をも無視したものであり、十字軍の攻撃
はキリスト教徒やキリスト教国家に対しても向けられました。
一方、ムスリム国家どうしも互いに争う戦国の世で、ムスリム側で「キリスト教VSイスラーム教」
という見方が形成されるのはかなり後になってからのことです。
逆に現代では、「赤十字社」が十字軍を連想させることを嫌って「赤新月社」とするほどです。
十字軍と並行して、イベリア半島ではキリスト教徒によるレコンキスタ(再征服)が進みました。
12世紀頃からはアラビア語文献がラテン語に翻訳されだし、ヨーロッパ文化の基礎を形成する
「12世紀ルネサンス」が始まります。
十字軍を衰退へ追いやったサラディンことサラーフッディーンは、アラブ人から見ても英雄
ですが、クルド人出身の武将であり、アイユーブ朝もクルド出身の王朝ということになります。
モンゴル人の来襲は次回と重複しますが、これは別の講師が担当するからなのでしょう。
ファーティマ朝の東征〜アイユーブ朝〜マムルーク朝の時代に新しい都カイロ(アラビア語で
アル=カーヒラ、またはマスル)を中心する現代に至るエジプトの繁栄が築かれます。
〔イスラーム世界の拡大と交流〕
イスラームは、サハラ以南のアフリカやインド・東南アジア・中国に広まって行きます。
その大半の地域を旅した旅行家としてイブン=バットゥータが取り上げられます。本講座では
ふれていませんが、中国・明朝の宦官だった鄭和(ていわ)もムスリムで、大艦隊を率いて
マッカ(メッカ)のあるアラビア半島からアフリカ東海岸にまで大航海を行っています。
モロッコ出身のベルベル人(自称イマズィゲン)であったイブン=バットゥータや中国人の
鄭和など、多様な民族出自の人々がこの時代のイスラーム世界を行き交っていたことがわかります。
(誤植:72ページ8行目 ×終結 → ○集結)
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