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漢文翻訳スレッド
213
:
名無晋書さん
:2008/12/22(月) 20:41:42
goushuさん、初めまして。211にコメントを書き込んだ者です。
ご指摘くださり、ありがとうございます。
>これによれば、祠部尚書が一時的に右僕射の職務を代行したというよりは、東晋も既に宋のように、右僕射がいない時にのみ一時的に祠部尚書が置かれた、と読み取れます。
『宋書』を読み直したのですが、右僕射と祠部尚書は同時期に並置されていないようですね。
goushuさんのおっしゃる通り、前者が置かれているときは、後者は置かれません。
また、前者が欠員のとき(或いは尚書僕射が置かれるとき)は、後者が置かれます。
ただし、尚書僕射が置かれるときに、祠部尚書が並置されるとは限らないようなのが、
まぎらわしいですよね。
>果たしてどちらが正しいんでしょうかねぇ。
左、右僕射は格が左の方が上ですが、本紀をみると、大抵、同時に置かれるようです。(一方の者が
官が移って辞めたり、亡くなったりなどして、片割れだけのときもありますが)
しかし、本紀に尚書僕射が登場するとき、祠部尚書が同時に出てくることは殆どありません。
例えば、尚書令、左、右僕射の全てが欠員のとき、尚書僕射が尚書省の実質的なトップになっていた
こともあったようです。(殷景仁など)
また、蔡廓傳では、祠部尚書がそれほど重要な地位ではないように記述されています。
以上から、祠部尚書は、右僕射と「通職」するとはいえ、尚書省での重要性はそれほど高くなかったのではないか、と推測できます。
だから、『通典』や『唐六典』巻四の記述については、そのまま鵜呑みにはできないと思います。
goushuさんが最初に引用してご指摘された巻一の方が実態を伝えているのではないでしょうか。
根拠は乏しいのですが、尚書僕射に権力が過度に集中させないようにする役割を
果たしていたのだろう、と思います。
祠部があるのだから、その主要な官である祠部尚書は常に置かれていたのだろう、と推測したのですが、
皮相的でした。
goushuさん、勉強になりました。ありがとうございました。
尚書令 左僕射 右僕射
421 武帝 永初2 徐羨之 劉義真(尚書僕射)
422 3 王仲紱 傅亮 (尚書僕射)
423 少帝 景平1 王仲紱 傅亮
424 文帝 元嘉1 劉懷慎 傅亮 蔡廓(祠部尚書)
425 2 傅亮
426 元嘉3 徐羨之 王敬弘(左僕射) 鄭鮮之(右僕射)
427 4 王敬弘 鄭鮮之
428 5 王敬弘
429 6 王敬弘 王義慶(左僕射) 江夷(右僕射)
430 7 王義慶 江夷
431 8 王義慶 江夷
432 9 殷景仁(尚書僕射)
433 10 殷景仁 王韶之(祠部尚書)
434 11 殷景仁
435 12 殷景仁
436 13 殷景仁 何尚之(祠部尚書
間違いや漏れがあるかもしれませんが、時間がかかるので、ここでやめておきます。
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