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化学物質過敏症についての掲示板

80mortan:2013/05/09(木) 18:24:34 ID:pPkIabEk
=続き=

>>72

「もし明日雨が降るのであれば、傘を準備しなければならない。」

前半はいいでしょう。というか、ただの文章ですから、当然ですが。
問題は、後の文章との接続関係です。

答えは、「しかし、天気予報によると明日の降水確率はゼロ%である」

ではありません。論理構造的に、

「もし明日雨が降るのであれば、傘を準備しなければならない。しかし、「傘」という概念=モノは、日本社会において認められていません。」

です。「傘」だとピンと来ませんか?
そうですよね? あなたは、意図的に、ピンと来ない、日常的で、いつも使っているモノ=概念を、外部注入的に挿入してきました。

うまいこと、論理をすり替えてくるものですね。
ただ、私の<意識>には、現象学的還元という武器がありますので、当然、「種族のイドラ」「洞窟のイドラ」「市場のイドラ」「劇場のイドラ」などの陳腐で典型的な先入見的臆見解は、いかなる<錯覚>とも思索的に闘う用意はできています。

すべての論理の行く末は丸裸です。

今、「化学物質過敏症」は、確かに多くの人に認められていない、という事実は確かにあるでしょう。

ですから、言い換えるとすれば、それと同等の社会的位置にあるもの「でなければならない」。

それは、本当は、あなたは知っていたでしょう?
それを、さらりと、日常的な道具である「傘」というモノ=<即時存在>に置き換えた。

意図的ですか?
無意識ですか?
とても興味深いです。

ですから、答えとしての後半の文章は、現在、社会的に認められていないモノに置き換えるのが自然です。

例えば「刀」または「銃器」。

(「原発」や「北のミサイルに対する防衛」などの時事問題でもピッタリなのですが、ここで取り上げると、政治や科学者の責任など、いろいろ、論点が出てきて、ややこしくなるので、ここでは挙げないことにします)

ということで、せっかく挙げていただいた「雨」「傘」との類比として、あえて、正しく同じ論理の文章を「作文」させていただきます。

(なお、これは、私の政治的発言、政治的立場を表明したものではありません。ただの例文です)

(例文B)
「もし明日、『敵が攻めてきて銃弾の』雨が降るのであれば、『自主防衛のため防弾チョッキや、攻撃用の銃器という防衛用の』傘を準備しなければならない。しかし、『日本では銃刀法によって銃器の所持は規制されているので、防衛用の』「傘」という概念=モノは、日本社会において認められていません(ので、防弾チョッキや銃器を準備し所持してはいけません」

ということです。
「傘」と「雨」に無理やり引きつけましたので、いささか物騒な文章になってしましたが。

ちなみに、この文章をそのまま、化学物質過敏症に当てはめて見てみましょう。

(例文C)
「もし明日、『反応する化学物質の』雨が降るのであれば、『それを避けるためにマスクを用意したり、原因を減らすための努力をするという』傘を準備しなければならない<などの、なんらかの対策が必要です。> しかし、「多種類化学物質過敏症」という疾患は、医学界では公認されていませんので、そのような対策をする必要はありません。

ということです。

< > は、なぜか、あなたの言い換えた文章では消されていた重要な文章です。

つまり「仮定法?」というより、後半の文章を引き立たせるためにただ極端な例示を挙げて、それを否定することによって、後半の文章を生かす、という、ただの詭弁的レトリックでしかありせんが、本当に分からないのですか?

=続く=


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