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化学物質過敏症についての掲示板
163
:
mortan
:2013/05/12(日) 16:12:16 ID:e7MRQzJU
今、少しざっと調べてみましたが、確かに、医学界で、主客二元論をテーマにした、あるいは触れられた論文は少ないように見受けられました。
(見落としがあったら、教えてください)
ただ、それは、必ずしも、医学界が前近代的システムである、ということではなく、
おそらく、医師(診る意識=主体=Subject)と患者(診られる存在=客体=Object)という、旧態以前の構図が動かし難く現前と存在しており、
なおかつ、対象物である病理について、医師の方が圧倒的情報強者となっており、患者の方が情報弱者である、というその「病院」という近代的なシステム自体に内包する構造だと思われます。
であるならば、イヴァン・イリッチの『脱病院化社会医療の限界』 などがその突破口の可能性を指し示しているでしょうか?
ただ、近年の、看護学などを中心とした、患者へのエンパワーメントの視点は、その間隙を埋めつつ、新たな、老いや病と共存する社会システムの構築の可能性を感じさせます。
ぜひ、生理学者や病理学者をはじめとした基礎医学部門、臨床医学部門、および、衛生学などの社会医学部門からの問題提起とともに、医学会、臨床医などの現場からの問題提起にも期待したいところです。
ただ臨床医学分野においては、目前にある患者の傷病に可及的速やかに対応しなければならないという喫緊の業務に日々、追われていることと思いますので、そうした、学的基礎について省みたり熟考したり思索を深めたりする時間が取れないだろうということも理解しています。その意味では、医師の職務の改善についても広く社会的な問題として捉え、考えなければならないことでしょう。
とはいえ、医学の基礎学問からは、医師―患者に典型的に現れている「主客二元論」をどのように超克するシステムを将来に向けて構築のするか、という、医療行為全体の総合デザインは提起されてきているのではとも思います。
「化学物質過敏症」について考える上で、どうしても、この「医師(病院)」
と「患者(日常生活)」との、主客乖離の問題、患者の病理実態を、医師会側がどう捉えるのか、どのような検査を実施して、さらに健康な社会を構築することに寄与するのか、という問題は避けて通れないように思われます。
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