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神の存在/不在と科学の範囲
72
:
地下に眠るM
:2007/01/11(木) 10:43:59 ID:DdTIfl7A
>今後は本気で応えることにします。
そりゃタノチミにゃんね。
まず>1)
(43)ミケの記述より引用
**************************
ちなみに確率現象を介しての神の干渉については、統計学を以ってしても検証不可能です。
神がどの程度の頻度で、あるいはどのような条件で確率現象に干渉するかのデータが入手不能だからです。
まあ、宝くじ一等を同じ人に連続で当てさせるタイプの神はいないでしょうが、
それだって、いるとしたらそういうタイプではないよね、というだけに過ぎません。
たとえば、
那須与一が矢を射る際に風が止んだこと、あるいは元寇の際に神風が吹いたこと、
誰かさんが落雷の直撃を受けても死ななかったこと、どっかのおばあさんが11階から落下して生還したこと、
これらは確率的に低い事象ですが、もし事実だったとして、
どれが神による介入で、どれがホンモノの偶然かは判別不能です。
********************
この部分に対するmacskaの反論はされてにゃー。他の参加者からの反論もなし。
つまり、確率的事象を介する神の干渉に関しては検証不可能であるというのが、この場における合意事項のひとつのはずだにゃ。この前提にのって「奇跡がニンゲンの認識・解釈の問題であると捉えた場合、自然科学の対象ではない」と述べたんだけどにゃ。言い換えると、「現実世界に対する神の干渉そのものがニンゲンの側の認識・解釈の問題」なわけよ。確率的事象を介しての干渉であれば、相当大規模な干渉があったとしてもカガクには手がでにゃーことになると思われますにゃ。
このあたりがおさえられていれば、
>ニンゲンの認識・解釈によって、ある言説が自然科学の検証対象になったりならなかったりするわけがないのでしょう。奇跡については、「現実世界への干渉」としてよく言われることの例として上げただけであり、わたしは奇跡という言葉の定義に関わらず、神という存在による「現実世界への干渉」は科学の対象であると述べています。
こんな発言がでてくるわけにゃーはずなんだけどにゃー。
ちゅうわけで
・神の干渉に関してはカガクは手がでない
・お馬鹿教義=誤ったカガク的事実に依存する教義、疑似科学的教義に対してはカガクは検証できる
というあたりで「だいたい議論は終わったと思っていたのですが、違ったのでしょうかね。」
2)については了解
ま、「現実をひたすら後追いしながら差別的言辞を固定させていく教義」、なんてのもカガクには検証不可能にゃんね。
>3)
別に、「死後、天国に行けること」に限ったわけじゃにゃーよ。引用部分にユダヤ教の選民思想が述べられていたはずだにゃ。この予定説と、(66)でdiamonds8888xのいう「全ての時空を俯瞰できる存在」の構造が似たようなものであることを考えてみればいいのだにゃ。
出かけるので、続きはまたあとで
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