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97名無しさんは神戸学院大:2013/07/09(火) 13:50:37 ID:LugPzQAU0
昼夜を問わぬ異常な激務を同僚でさえ見て見ぬふり!
夫の過労死をめぐって組織の闇と戦った妻の25年間
【第1回】 2013年7月9日
吉田典史 [ジャーナリスト]

■後を追って死ぬことができたら
どれだけ楽なことか……。
夫を過労死で亡くした馬淵郁子さん(渋谷にて)
「私は許していない。私の心は、あのときに死んだの。遺族の心は、何十年経っても癒えない。彼は、殺されたのだから……」
 馬淵郁子さん(73歳)は、夫の死についてゆっくりと話す。英語に堪能で、時折横文字を交えて説明する。
「あのときは、夫の遺体を前に何が何なのか、わからなかった。彼の書いたものを見ることができるようになったのは、12年後だった……。その頃に『もう、私たちのところに帰ってこないのね』としみじみ思った」
 夫のカンラスさんは1988年7月、心臓発作(虚血性心疾患)により死亡した。61歳だった。65歳の定年を4年後に控えていた。夫の死は1990年、過労死に認定された。都内では初めての認定(中央労働基準監督署)であり、全国では2人目だった。
 夫が死亡し、4ヵ月が過ぎようとした頃、次女(当時13歳)が作文を書いた。その一部を抜粋し、紹介したい。
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『見ていてください、天国のパパ』
 父が亡くなって四か月がたとうとしています。あっという間でした。今では家の中がとても寂しくなりました。
(中略)
パパが亡くなってからというもの、食事らしい食事があまり食べられません。最近は、母に文句を言って、ちゃんとした食事を作ってもらいます。
 でも、ほしいものでも少しがまんをしています。中一の私には、ほしいものがたくさんあります。自転車・ステレオ・洋服etc…。けれど、もう楽ができないということを自分で判断しています。
 母が働いて、姉がバイトをして今やっとこ生活ができるくらいです。でも、私はパパがいなかったと言ってひもじい思いをするのはいやです。パパがいたから楽な生活ができたことは感謝しています。
(中略)
 今はまだ無理かもしれないけど、絶対お母さんを楽にさせてあげたいです。お姉ちゃんの結婚する姿、孫、見たかったと思います。けれど、もう見れません。
(中略)
 父のお葬式、初七日、四十九日、母は父のためにどんなお金も出しそうです。
 生活がどんなに苦しくなっても、父にはずかしくなくすることが、一番やることなんです。これからも、母を柱として、頑張っていきたいです。
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