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【最終回】
教育としてのダジャレ論。文理融合の思考へ。
アナグラムにより、知力、変換力、即応力が
【第35回】 2013年7月30日
石黒謙吾 [著述家・分類王]
■ダジャレはアナグラム=言葉遊び
遊ぶ感覚は見方と捉え方が変わる
<くだらない、役に立たない>ことと決めつけている人は、おそらく戦後、なんとなくダサイオヤジのものというイメージが定着してしまった言葉遊びについて、単語の構造を見立てていくという、論理的思考に思いが至っていないのです。また、自分が思いつけないから、無意識下で整理的に毛嫌いしているケースもあると考えます。
そんな単細胞な人々に向かってこそ、再び、真上から目線で断言します!
「ダジャレは頭をよくする! よくするよくするよくする…」(←エコー2度目)
どんなところが、か。順次述べていきましょう。
まず、ダジャレはアナグラムであるということから。<ウィキペディア>参照。これについて詳しく述べ始めるとあと1年半連載が続きそうなのでやめるとして、アナグラムは、太古の昔から世界中で行われていた、人間の知的な思考活動です。
ラテン語の<韻文>についてもアカデミックに研究されてきたようですね。
日本では、江戸時代以前から<地口>と呼ばれる、ほぼダジャレと言っていい言葉遊びがありました。<ラップ>だって韻を踏むことを愉しむという観点では、まさにダジャレです。
アナグラムは言葉遊びと書かれていて、実際、遊びとして面白いのですが、それがとても脳みそを使う知的興奮を味わうものであるということ。2語の共通点を見出したときの興奮は、遠くにボールを投げて当たったときの身体的快感とは違った、脳のほうの快感です。
このアナグラムで遊ぶ意識があれば、言葉の見方、捉え方が変わります。変わるというか、それまでの用法プラスαという感覚。いままでコミュニケーションの道具として言語を捉えていたものが、そこは今まで通りに使うとして、さらに、記号としても同時に捉えるようになる。
それまでと同じ時間、同じ言葉を見聞きし、同じ会話をしても、同時に違うこと、つまり記号的な構造を見るようになる。それは、文系的思考回路に、理系的思考回路が加えられていくことです。この複合的視点が、頭をよくすると考えます。
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