レス数が1スレッドの最大レス数(300件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
【ジャンルは】注目のニュース【何でもあり】
-
【最終回】
教育としてのダジャレ論。文理融合の思考へ。
アナグラムにより、知力、変換力、即応力が
【第35回】 2013年7月30日
石黒謙吾 [著述家・分類王]
■幼い子どもはダジャレが大好き
本能的な知識欲に惹かれるから
さらに僕がもっとも力説したいのは、<勉強しなければ><覚えなければ>というマストな状態ではなく、ただ、面白がって思いつきと会話で遊んでいたら自然に、論理的思考が脳に染み込んでいくことです。
児童書のマンガ「かいけつゾロリ」シリーズ(原ゆたか/ポプラ社)は、1989年から24年間で50巻以上刊行され、3500万部を売り上げている。ここに多く登場するのが、ダジャレ的言葉遊び。それを子どもたちは無邪気に楽しみ、大人気となっている。もちろん、ストーリーや設定の面白さがあってこその結果だろうけれど、余計な計算がない幼い子どもたちが、ダジャレを楽しんでいるのは間違いないだろう。
この話を持ち出したのは、実際、6年ほど前、『ダジャレ ヌーヴォー』を出したり、ダジャレについて取材受けたり記事を書いている僕に、同様の本を作りませんかと、ある出版社から打診があり、状況を詳しく聞いたからです。子どもたちは、相当、ダジャレ的な言葉の相似形を面白がっているのだと。
特に、低学年ほど、素直に面白がり、実際、このシリーズはイメージよりさらに小さい子どもがメインの読者だというリサーチ結果を聞きました。
幼い子どもほどダジャレが感性にフィットするということは、<わかりやすいこと、意味のないこと>に対して子どもがコミットしやすいのではありません。むしろ、<モノの成り立ちに興味を抱く>という本能的な知識欲に素直に惹かれていくからだと考えます。子どもは純粋な欲求が旺盛なのですから。
人は、成長し大人になるにつれ、知識と経験則と対処法を得ていく代わりに、反射的な喜怒哀楽を減らしていきます。言葉は悪いが端的に言うと<すれていく>。いろいろなものごとを計算によって進めるのが当然となっていくと、だんだんと面白いものには理由付けをしたり求めたりするようになる。結果、見返りが見えないものへの興味が減り、単純に<面白い>だけの行為を軽んじる。
もちろんこれは個人差もあるし、度合いの問題なので<ただ面白いからいいじゃん!>という感覚は多くの人が持っているだろうけど、子どもの頃に比べれば、その感情は摩耗していることでしょう。
ダジャレが<さむい>とか<オヤジギャク>とか言われ、くだらないこと、役に立たないことの代名詞のように蔑まれている状況は、文化の損失だと思うのです。たしかに、下品でなんら知性を感じさせないものも、まあ、あります(笑)。しかし、そんな、ダジャレ界のはしっこのはしっこのものでも、<単語と単語のかかり>が少しでも見て取れるならば、そこに構造的思考へのきっかけは存在します。<かかり>については、第8回<助詞・助動詞を含むのは「お子様ダジャレ」 オトナのみんなは「ワンワード一致スタイル」で> 参照。
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板