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104名無しさんは神戸学院大:2013/07/09(火) 14:10:56 ID:LugPzQAU0
昼夜を問わぬ異常な激務を同僚でさえ見て見ぬふり!
夫の過労死をめぐって組織の闇と戦った妻の25年間
【第1回】 2013年7月9日
吉田典史 [ジャーナリスト]

■踏みにじられた人々の
崩壊と再生
 この連載では毎回、記事に登場する取材対象者の「崩壊と再生」を私なりの分析で捉え、記事末で述べることにする。今回は、25年以上の長きにわたって、馬淵さんがかつての夫の会社に厳しい眼差しを向け続ける背景を私なりに考えてみたい。それは、過労死が家族の心にいかに深い傷を残すか、ということへの問題提起であり、その課題が解決しない限り、遺族の再生は始まらないと言える。

1.死者や遺族の尊厳を
徹底して否定する社会への怒り
 馬淵さんの話をうかがうと、2年前の震災で家族を失った一部の遺族とオーバーラップするものが多かった。震災後に筆者が取材した遺族は、子どもを死なせた幼稚園や小学校などに異議申し立てをしていた。家族の死は「自然災害」によるものではなく、「人災」だったというものだ。
馬淵さんも、夫の死は心臓発作によるものと心得ながらも、「死に追いやる何かがあった」という疑いを持った。そして、労災認定を勝ち取るために動いた。
 遺族が不信感を持ち、怒りを持つ大きな理由の1つはここにある。死に至る状況をつくりながらも、組織が真相を封印しようとする。経営陣や社員らは御身が大事と言わんばかりに無関心を貫く。
 生前は、死亡した社員(家族)を散々利用しておきながら、死後は一転してその社員がいなかったかのように扱う。そこでは、死んだ人やその遺族の尊厳が徹底して否定される。ここが、大きな問題なのだと思う。
 この極端な組織防衛や自己保身には、職場や社会から強い批判が浴びせられ、歯止めがかからないといけない。しかし、私が知る限り、そのような人はごく少数だ。
 馬淵さんは取材で、「日本の社会に愛がない」と指摘する。その愛は、不当な行為などを許さない、という意思と置き換えてもいいのかもしれない。馬淵さんが怒りを持ったのは、会社や行政だけではなく、日本の社会や日本人の意識のあり方だったのではないだろうか。

2.過労死を生みながらも
誰にも何も言わせない構造の矛盾
 生前、馬淵さんの夫には仕事が集中した。3人分の仕事をしていた。言い換えれば、社員の仕事の量や担当する仕事、つまりは職務範囲、そして配置転換や人事異動、ノルマ(目標)、人事評価などを経営サイドが自由に扱える構造がある。
 過労死を生む理由の1つは、ここにある。社員の仕事の量や担当する仕事にチェック機能が働かない。せめて社員の仕事の量や担当する仕事、そして配置転換や人事異動などについては、労使双方でもっと丁寧に話し合い、相互理解を進める必要がある。
現在は、大企業から零細企業まで、社員が担当する仕事の範囲や量、ノルマなどは経営サイドのやりたい放題と言える。それに社員が抵抗できないからくりもある。人事評価には、かつては「情意考課」、今では「行動評価」が盛り込まれている。
 つまり、「協調性」「規律」「積極性」「リーダーシップ」などである。これらの評価項目があると、はむかう社員を「協調性がなく、規律を乱す」として排除することもできる。
 大企業では、遅くとも1980年代前半には成果主義的な人事評価が始まっている。30年以上が経っても、経営サイドはこれらの「行動評価」を評価項目から外さない。中には「自己啓発への取り組み」といった項目に、「行動評価」を巧妙に忍ばせている企業もある。
 こうして生活態度や私生活に介入し、ある意味で拘束をし、経営サイドに言いなりになる社員を育成しようとしている。
 ここ十数年、企業が唱えた「会社員よ、プロフェショナルになれ!」といったスローガンの矛盾は、ここにある。本当に職業意識を持った職業人にしていこうとするならば、生活態度や私生活に介入する「行動評価」は止めるはずである。ところが、それを30年以上手放さない。
 一方で、社員の仕事の量や担当する仕事、そして配置転換や人事異動、ノルマ(目標)、人事評価などを経営サイドが自由に扱う構造は温存させる。ここに優秀な人に仕事が集中し、過労死になったとしても、誰も何も言えない構造がある。
 馬淵さんの夫は、こうした因習の犠牲になったと言えないだろうか。




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