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昼夜を問わぬ異常な激務を同僚でさえ見て見ぬふり!
夫の過労死をめぐって組織の闇と戦った妻の25年間
【第1回】 2013年7月9日
吉田典史 [ジャーナリスト]
■仕事が押し寄せ、家に持ち帰る
妻が手伝うほどの激務が15年間も
馬淵さんは、25年前の、6月25日のことを最近のことのように話す。
「寝ようとしてベッドに横たわった後も、仕事のことが気になるようだった。起き上がり、着替えて君津の港に向かった。仕事を断ることができない性格だったの。長時間の過密労働と、ストレスも大きかったと思う」
死亡する前の15年間は仕事が押し寄せ、家に持ち帰り、馬淵さんが手伝うほどだった。上司からの指示のものもあれば、取引先から指名で依頼を受けることもあった。
日本支社には50人ほどの社員がいたが、夫は語学に堪能で、鑑定や報告書の作成などに慣れているために、その代わりになる人が見つからない。
さらには、社内には労働組合がない。入社時には、人事担当者などから社外の労働組合には入るべきではないと言われていたという。仕事は、夫に集中する。いつも、夫は「会社はスレイブ・ドライバー(奴隷使い)だ」と家で漏らしていた。亡くなる2ヵ月前には、「もう、辞めたい」と口にしていた。
部長からは休日、家にまで電話があり、仕事の指示がなされた。馬淵さんは夫の身を案じ、居留守を使うこともあった。それでも、夫は休日を返上し、現地に向かう。仕事のスキルが高いがゆえに、次々とこなす。すると、一層仕事が増えていく。また、休日に家に電話が入る。そして出社する。この繰り返しだった。
馬淵さんは見るに見かねて、「もう、辞めなければダメ」と説得する。しかし、夫は自分の代わりがいないと、仕事を引き受ける。
大きな病気を患うことはなかったが、晩年は血圧がやや高かった。夫の死後、馬淵さんは、夫が受けた会社の健康診断の結果を3年分、提出することを求めた。高脂血症と胃炎になっていることを知った。
「鑑定のときには、30メートルほどの船底に降りていく。あの頃は、タバコを止めたこともあり、やや太り気味だった。階段の上り下りが心臓などにも負担になり、心拍数が上がっていたんじゃないのかな。徹夜も多かった……」
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