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小谷野 コピペ
28
:
名無しさん
:2007/07/19(木) 03:28:26
3100 名前:その壱 投稿日: 2006/11/25(土) 01:52:16
小谷野のあっちゃんの件の関係で、言文の院生の人のメール↓
2chでは実名晒されてたけど、とりあえず伏せとく。
僕は言文に入学して、一人だけ「親友」といえるような友人ができました。
そもそも大阪は僕の地元で小学校や中学校の友人が大勢いるので、言文に入学した当初は
「わざわざ大学院で友人なんてつくらなくてもいいや」、そんなふうに思っていました。
ところがその「親友」とは境遇はさることながら、思想信条、性格、趣味など至るところで気が合い、
彼がアルバイトをしていた塾を紹介してもらってそこで一緒にアルバイトをしたり、
一緒に韓国旅行に行ったり、修士の1年から博士の2年の前期までのおよそ3年半の間、親交を深めてきました。
ところが博士の2年の後期で彼は言文を辞めてしまいました。
ちょうどその頃、僕は言文の修士の1年生の女性と付き合っていて子供ができたので(計画的だったのですが)、
結婚してとりあえず就職しなければならないし、言文はできることなら辞めたくないし、そんな状況でした。
彼と僕は生まれや育ちが「悪い」など、本当に境遇が似ていたのですが、後々になって大きく違ったのが、
僕が村上先生の指導を受けていたこと(言文の事務上の指導教官は仙葉先生とジェリー先生なのですが)と、
彼が英語学を専門としていて渡部秀樹先生を「師匠」としていたことです。
3101 名前:その弐 投稿日: 2006/11/25(土) 01:53:12
秀樹先生の噂は彼から本当によく聞きました。彼の両親は彼が高校の頃に既に離婚していたのですが、
彼の研究に気にくわない点があると、あるいは研究どころか例の「体育会系」のノリで彼の精神性やら性格に気にくわないところがあると、
秀樹先生はメールで「これだから片親の育ちはバカだ」などという人格攻撃をおこなうという状況でした。
僕からすれば完全な「アカハラ」だと思ったのですが、それでも3年半のあいだ、彼はひたすら秀樹先生を信じ、
すべては自分のために厳しい言葉をかけてくださっているのだ、それに報いなければならないとコツコツと努力しておりました。
彼は英語の能力はずいぶん高く、研究態度も謙虚でした。
けれど博士2年の後期にはいったころ(2004年の夏頃)から、秀樹先生の彼に対する態度が日に日に悪くなり、
ささいなことで小言を延々に繰り返したり、突然大声でどなったり、すれ違っても彼を無視したり、
また4000字はあろうかというメールでがみがみと研究に対する文句ではなく性格に対する文句を書き連ねたり、
彼もだんだんと精神的に参ってきました。
アルバイト先の塾で彼とは週に2,3回は顔を合わしていたのですが、その頃彼は「しんどい」と繰り返していました。
別に決定的な事件があったわけではないのですが、僕が結婚するということもあって(実際に僕自身は言文を辞めなかったのですが)、
2004年の後期の時点で彼は言文を辞めました。
3102 名前:その参 投稿日: 2006/11/25(土) 01:54:18
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