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小谷野 コピペ

197名無しさん:2007/10/02(火) 17:25:04
2007-10-01 ファム・ファタールに注意せよ

2005年4月7日、私はpesce美咲に誘われて、新宿辺で食事をした。ほかに栗原裕一郎、小沢麗子(jtm)、文春の編集者(男)がいた。仲俣暁生もあとから来るという話だったが、遂に現れなかった。美咲は一橋大卒、当時フリーの編集者で、私はその美貌に心奪われていた。美咲の父は追手門学院大学の経済学の教授だった。美咲は、クルマを修理に出したが、修理代の26万が払えず引き取れないと言っていた。私は、それくらいなら、貸そうか? と言った。その日はそれきりだったが、翌日、携帯にメールがあり、やはり貸してください、と言う。色香に目が眩んだ私は、すぐに指定の銀行に26万を振り込んだ。美咲とはそれまで三回くらい会っていた。夜遅くなることもあったが、それだけだった。金を貸した後も、二度は会ったが、美咲の態度は次第にそっけなくなるのみか、借用証を書くとも言い出さなかった。それでも目の眩んだ私は、7月、ちょっとしたメールのやりとりから、いきなりプロポーズした。返事はなかった。それは仕方ないと思ったが、10月になり、借金返済の話がないのはいくら何でもと思い、メールをしたが返事がない。遂に私は、父親宛に手紙を書いた。するとようやく本人から電話が掛かり、まるで私が悪いかのように言う。さんざん揉めた挙句、金はないから、アマゾンからギフトということで本を送るという。私は、踏み倒されるよりは、と思って、それで納得した。借用証も送られてきた。物納は翌年(2006年)の初夏ごろには終了した。しかし考えてみれば、むりやり26万の買い物をさせられたようなものである。私の周囲では、それは返済とは言えないという声が大勢である。美咲はその後、『ニキータ』編集部に就職して、今は金回りもいいようだ。美咲の顔は、独特の憂いを含んで、会った男をたいていの場合悩殺する。

私がこの件を公表できないのは、美咲は必ず電話を掛けてきて抗議するからだ。ミクシィ日記に書いたときも、そうだったし、マイミクを外しても、何食わぬ顔で再度マイミク申請してくるのだ。


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