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小谷野 コピペ
178
:
名無しさん
:2007/09/23(日) 02:10:48
これは後日詳しく考えよう。-----------------------------------------
澤井繁男が、博士論文を京大イタリア文学から門前払いされた件について、もう事件そのものが98年、澤井が京大文学部長興膳宏宛公開書簡を『諸君!』に載せ、興膳が答え、澤井が反論したのが2000年で、古い話なのだが、今回改めて読み直してみて、不審に思った点がある。
澤井は、今は関西大学教授だが、当時は在野で、大学の専任になれていないという不遇を訴えている。こういうところは、好感をもつ。ところが中に「専任の声も何度かかかりましたが、創作と研究の二つの道を全うするため断ってきました」という一文がある。なんだ、口はあったのではないか、と思う。もし、若い頃は作家として立つつもりで断ったが、年が行ってからは作家では食えないことが分かって、専任の口を求めるようになった、というなら、そう書くべきである。
第二は、より重要な点だが、澤井の博士論文を読みもしないで門前払いしたイタリア文学教授の斎藤泰弘は、澤井が出そうとしている博士論文が、これまで刊行された著書を寄せ集めたもの、と誤解している。澤井は、これまで雑誌などに発表したものを纏める、と言っているのだ。これは、のちの興膳との議論でも問題になったところだ。しかし、思い違いが明らかであるなら、なぜ澤井はもう一度手紙を出してそれを正さなかったのか。
なるほど、澤井と斎藤は、かつてはある程度仲が良かったらしいから、多分ある時点から仲が悪くなり、手紙の感触から、思い違いを正してもダメだろうと澤井が思ったのだろうと推察することはできる。
だが、もし私が興膳なら、この点を突いただろう。相手が明らかに思い違いをしているのにそれを正そうともせず、そこで諦めるとは何ごとか、どうしても博士号が欲しいなら、再度手紙を出すべきではなかったか、と。
もっとも、京大のイタリア文学がダメになっているのは明らかだ。かつての野上素一、清水純一、岩倉具忠に比べて、斎藤の、60歳を過ぎての業績の乏しさは、目を覆うばかりだ。これを、東京外大にいた河島英昭の仕事ぶりと比較したら、惨憺たるものというほかない。
(小谷野敦)
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