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:
名無しさん
:2004/07/05(月) 23:00
>> この解釈だとキリストべったりだからニーチェ的にはなりません。
と思ったが、Kaufmannの解説書など見てて思ったのはZarathustraはプラトンとGospelのパロディーになっていて、
それは尊敬して批判する態度である。だからニーチェ的とキリスト的(地の塩)が共存する場合もあるのかな、という事。
さらに以下のコメントを読んで思った。この句がそれほど人気があったとすれば、草田男は良い時期に死んだかな、ということ。
同じような真面目さを持っていた松田道雄さんは、(変な言い方になるが)少し長生き し過ぎた観がある。
(つまり、日本社会はそういう真面目さを 1970、80年代に急速に失った感じがする。)
http://home.att.ne.jp/blue/atelier/Fukuyama-san/Haiku-mume.html
勇気こそ地の塩なれや梅真白 中村草田男
難解句が多い草田男の句の代表格である。こんなに分り難い句が何故そんなに受け入れられたのか。小西甚一氏は当時の人が人間臭さに飢えていたためだと言う。盆栽的ホトトギス、美を誇る秋桜子、知性的誓子にない血の流れている人間を感じさせるからである。
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