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■■「セカンドチャンス」はあるのか〜未信者の死後の救い〜

12名無しの神学さん:2011/04/15(金) 08:34:20
あの、山上の垂訓さん
「自分の教会に人を引っ張り込むこと=伝道」
「敗戦後のドサクサにまぎれて上陸した粗製濫造の宣教師」
この二つは「新興宗教とかわりない」ではなく、「新興宗教だ」と表現するものなんですけど・・・?
伝統宗教は幕末に宣教師を派遣しているんです。そして教会にやたらと人を引っ張り込む折伏大行進ではなく、
女学校を設立して女子教育に貢献したり、病院を作って医療伝道をして、自然と教会に行きたくなるように
忍耐に忍耐を重ねたんですよ。「愛は忍耐強い」を地でいったといってもいいほど。

しかし「神の前に自らの罪深さを自覚できない人は×で自覚できる人は○」という新興宗教の言い草はお笑い。
だって新興宗教は什一で、こんな宗派は銭金有り余っている金持ちがいく分にはいいが、
偉そうな口を利いている信者さまご本人は派遣やフリーターで年収三百万未満で、親と別居で家賃も生活費も
基本的なものはすべて自腹。よって献金したらほとんど手元に残らなくて、スーパーで半額シールのついた食品すら買うのを躊躇するひどい生活w。
親と別居となれば年収三百万未満の分際で什一献金の宗派にいくのは分不相応。
分不相応は高慢の罪といってキリスト教では七つの大罪の一つ。
収入からみて明らかに多すぎる出費の宗派を選んでいるのは聖書的にみて正しくない選択ですよ。
年収三百万未満で親と別居して手取りの二割ちかく毎月出している新興宗教の信者は、高慢という大罪を
犯している自らの罪深さを全然自覚していない。だからこいつらこそ×。


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