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「三位一体」の本質
94
:
パンプキン
:2004/03/13(土) 03:06
>chiaraさま
説明ありがとうございました。
うーん、「神的三一性」と「三位一体」の違いは「三人格」(三神論)と「一人格」(一神論)
の違いだとこれまで単純に理解していたのですが(そういう説明文もあるし)、「人格」の定義
がミソのようですね。
ネットで見た説明では
http://monsite.ifrance.com/EPIPHANIA/Cours/Cours26.htm
>サベリウスSabellius派…(中略)「一体」すなわち、唯一の神を強調する余り、父と子と
>聖霊は神さまの三つの姿にずぎないとする。同一の人格が、父でもあり、子でもあり、聖
>霊でもある。神は世と教会の中において、様々な関係の中でご自身を顕現されるが、父、
>子、御霊とは、そのような様々な関係を表現しているのである
と書かれた後で
>これは、けっして三位一体論ではありません。三位一体論とは、「父、子、聖霊は、それ
>ぞれ別の人格であり、互いに会話し、働きかけあうことができる」とするものです。
と解説がしてあります。
そこで三位一体を表現する方法が過去にさまざまに試みられたとして、
>三人の人物像…父と子と聖霊をそれぞれ独立したペルソナとして表現している図像で、イコンにも見られる。
>10世紀以降、聖霊を人物で表現することは禁じられたため、ハトの姿で表されることが多い。
というのも実際にあったようです。これが私が教えられた三位一体の漫画チックなバージョンですね。
これは、chiaraさまの理解とは、異なっているでしょうか?
過去に、クリスチャンの友達と話をしていて、「三位一体のことを知りたいなら、うちの牧師さんに
聞けば。」と紹介してもらって質問に行ったとき、その牧師さんは、「人格はひとつだと個人的には
思っています」と答えられて、「あ、この牧師さんは神的三一性なんだ」と思ったものです。
でも、厳密な「人格」の定義がなされていないと、もしかして私の誤解だったかもしれませんね。
どうも、はっきりした違いがよくわからないのですが、
私の持論としては、「三位一体は、キリスト教の最低ドグマではない」というものがあります。
「キリスト教かそうでないかを分けるものは、三位一体ではない」という意味合いで。
まあ、そうじゃないと自分の信仰はキリスト教ではないことになっちゃうこともありますが(笑)
あの世の問題と同じく、死んでみればわかることで、祈りに応答して感じられる神さまの姿を大事に
していけばいいのじゃないかと。
神秘を言語化する努力というものはもちろん否定しないのですが、それを分裂の基準(へっぽこ
さまのおっしゃる「リトマス紙」)にしちゃうことには、どうも不満・・・なのですよね。(笑)
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